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小林麻央さんの「がん」について思うこと

人生

(20170701に記載) がんの発見は難しいのか・・・   小林麻央さんが亡くなりました。 34歳です。 若いですね。 心からご冥福をお祈りいたします。 今回のテーマは 「『がん』になってしまったら」 です。   なぜ、 なってしまってからの話のみにしたのか? といえば、   健康診断とか、がん検診とか がんを発見するためのことが   正しい、間違ってる、   いろいろな意見がありすぎて 自分の中で消化しきれてないからです。   特に週刊誌を中心とした 否定派の意見は、 一理あると思いつつも、 今のところは完全に同意できないでいます。   小林麻央さんの場合、   最初に乳がんの疑いがもたれたときに 生体検査を希望してますが、 大丈夫といわれてそのままにしたことを後悔している、   ということがブログに書かれています。   セカンドオピニオンをしておけば・・・・   ということですね。 たしかに、海老蔵さんが 小林麻央さんのがんを公表をした時に、 がんが進行しているといってました。   そのときに自分が思ったことは、 (こうなるまで発見できなかったのか?) ということです。   一部報道では、 最初の疑いがあったときに 医療ミス(検査の診断のミス)があったのでは? ということも言われていました。   ただ、 どうすればベストな選択だったのかを論じることは、 がん治療全体という大きなテーマでは 意味を持つと思いますが、   個別のケースについては、 あまり意味がないように思います。 時間も戻りませんしね。     家族ががんになったら・・・ 自分の父親も腎臓がんで亡くなってますが(55歳)、 そのとき父親と同居してなかったので、 実際の入院時や在宅時の様子は 母親からの話でしかわかりません。   亡くなる3ヶ月前くらいに がんが脳に転移してるらしいので、 分別が付くうちに一度顔を見せに来い、 という母親の連絡で実家に帰りましたが、 たしかにろれつが回らなくなりつつある 父親の姿を見るのはつらいものがありました。   自分としては、 悪く言えば 「家族として看護してない」 という思いもあるので、   今回の海老蔵さんや、 小林麻央さんの親族の方の思いは、 察するに余りあるところです。   さて、家族ががんになってしまったらどうなるのか?       まずは、患者本人の心理的負担軽減から   国立がん研究センターがん対策情報センター監修の 「がんになったら手にとるガイド」 から引用します。 ⇒ 「がんになったら手にとるガイド」   第1部 ”がん” と言われたとき ・診断の結果を上手に受け止めるには ・がんと診断されたらまず行うこと ・がんと言われたあなたの心に起こること ・情報を集めましょう(がん情報さがしの10カ条) ・がん相談支援センターにご相談ください   第2部 ”がん” に向き合う 自分らしい向き合い方を考える ・自分らしい向き合い方とは ・社会とのつながりを保つ ・治療法を考える ・治療までに準備しておきたいこと ・がんに携わる“チーム医療”を知ろう ・医療者とよい関係をつくるには ・セカンドオピニオンを活用する ・患者同士の支え合いの場を利用しよう ・療養生活を支える仕組みを知る ・限られた時間を自分らしく生きる   経済的負担と支援について ・治療にかかる費用について ・公的助成・支援の仕組みを活用する ・民間保険に加入しているときには   第3部 ”がん” を知る がんのことで知っておくこと ・がんの発生と進行の仕組みを知る ・がんの検査と診断のことを知る ・がんの病期のことを知る ・手術のことを知る・薬物療法(抗がん剤治療)のことを知る ・放射線治療のことを知る ・臨床試験のことを知る ・緩和ケアについて理解する ・痛みを我慢しない ・がんの再発や転移のことを知る ・補完代替療法(ほかんだいたいりょうほう)を考える ・がんのリハビリテーションのことを知る 療養生活のためのヒント ・体調を整えるには ・食事と栄養のヒント ・排泄(はいせつ)とトイレのヒント ・休養と睡眠のヒント ・気分転換とストレス対処法   目次はこんな感じです。 がんになった人向けのものですね。 家族としては、 患者の心理的負担を理解しておくのは、 必要なことです。   患者の方で迷惑をかけてるという意識があれば、 周りに気をつかって、 言いたいことも言えなくなってしまうこともあります。   全体的には 心理的な負担の軽減を重視してますね。   自分も健康診断で 「肺にちょっとだけ影がある」 と言われただけで、 頭の中がぐるぐるになってしまったことがありました。 (再検査では影はなし)   がんを宣告されれば、 この数倍の心理的な衝撃があることでしょう。 内容は別に見ていただくとして、 ⇒ 「がんになったら手にとるガイド」 初めて知ったことをいくつか・・・   緩和ケア ・痛みやその他の苦痛な症状を和らげる. ・生命を尊重し、死を自然の過程と認める. ・死を早めたり、引き延ばすことを意図しない. ・患者ケアにおける心理的側面と スピリチュアルな側面を統合する. ・患者が最期まで人生をいきいきと、 できるだけ活動的に生きることを支える. ・家族に対し患者の闘病中や 死別後の生活に適応できるように支える. ・チームアプローチを用いて患者と家族のニーズに対処する. ・必要であれば死別後のカウンセリングを行う. ・QOL(Quality of Life:生活の質)を高めて、 病気の過程に良い影響を与える. ・化学療法や放射線療法などの 他の延命を意図する治療と併存しながら、 疾病の初期から適用可能である. さらに、必要ならそれらの治療に伴う副作用の緩和を行う     病院によっては、 緩和ケア医、緩和ケア外来、緩和ケアチーム などがあります。   ・精神腫瘍医: がんの治療に精通し、患者さんとご家族の支援に対して、 専門的なアドバイスと 最適な薬物療法を提供する知識と技術をもった専門家です。 精神腫瘍学、精神腫瘍科があるのも 初めて知りました。 ただ、 まだまだこの専門のお医者さんの数は少ないようです。   家族が第二の患者になってしまう? では、家族の側はどうすればいいのか? こちらも 国立がん研究センターがん情報サービス監修の 家族ががんになったときに知っておきたいこと:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ] から引用します。   目次は 1.がんは珍しくない病気 2.がんの治療の流れ 3.がんになったご本人への接し方の基本 4.情報はご本人とあなたを支える「力」 5.家族は第二の患者 となっております。   特に 5.家族は第二の患者 は、家族の方の心理的な負担もかなり大きいものになるので、 患者以上に精神的にまいってしまうことも多いようです。   「自分も大変だけど、患者本人の方はもっと大変なんだから・・・」   気持ちを押さえ込んでしまうんですね・・・     時期による対応を考えてみる 家族ががんと診断されたとき がんの疑いを知ってから治療が始まるまでの間は、 大きな衝撃を受けながらもさまざまな事柄を決め、 対処しなくてはなりません。   ご本人もあなたもはじめて経験することが多いでしょう。 ご本人ができるだけ安心して治療に臨めるよう、 あなたならではのいたわりや手助けを考えてみましょう。     と書いてあります。   その中で 家族が自分自身も大切にする   ●ご家族ならではのつらさと対処法を知る がんと告げられたとき、誰もが驚き、大きなストレスを感じます。 病名を耳にした後の数日間は、 「まさかがんのはずがない」 「何かの間違いに決まっている」 と、認めたくない気持ちが強くなる人がほとんどです。 これは、大きな衝撃から心を守ろうとするごく自然な反応です。   ご家族ならではのつらさもあります。 「気が付いてあげられなかった」とご自分を責めたり、 「家族を失うのではないか」といったつらさを感じながらも、 「自分がしっかりしなければ」と追いつめられてしまう方もいます。 また、「代わってあげたい」などと、葛藤することもあります。   治療を受けるご本人を案じるあまり、 多くのご家族は、ご自身のことを後回しにしてしまう傾向があるようです。   がんの治療は一般にはある程度の長い期間がかかります。 ご本人を支えるためにも、 あなた自身の気持ちや体をいたわること、 生活も大切にすることが大事です。   家族全体のコンディションを整えることが、 ご本人の支えにもなります。 家族の方が自分を追い詰めてしまわないように 気をつけないといけません。   「あのときこうすれば・・・」 こう思うのは仕方がないところですが、 あまり思いすぎるのもやはりよくないです。   さきほど 個別のケースについては意味がない。 と言ったのはこういうところです。   続いて 家族が治療を始めてから 家族のがんが進行・再発したとき の対応について書いてあります。   こちらもやはりポイントは ・情報とうまく付き合う ・家族が自分自身も大切にする ことです。     誰かに相談してみよう 最後に 相談の窓口をあげておきます。 悩みの解決もそうですが、 自分の気持ちを聞いてもらうだけでも 心理的には落ち着くことができますよ。   「がん相談支援センター」 がん相談支援センターを探す       がん情報サービスサポートセンターのご案内:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ] 0570−02−3410 受付時間:平日10時~15時(土日祝日、年末年始を除く)   がん相談ホットライン | 日本対がん協会 03-3562-7830 受付時間:10時~18時(祝日を除く)   www.aflac.co.jp 03-5531-0110 受付時間:月~木 10時~18時(祝日を除く) ※ 生命保険の契約者以外の方の相談も可   マギーズ東京 アクセスと開館情報 〒135‐0061 東京都江東区豊洲6-4-18 TEL:03-3520-9913 FAX:03-3520-9914 開館時間 月曜日~金曜日 (午前10時~午後4時まで) ※土日・祝日はイベント時のみオープン   今回は以上です。  続きを読む

新婚なのに、既に旦那が嫌い、離婚したい

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新婚なのに、既に旦那が嫌い、離婚したい   いい年の未婚のおっさんが いつものとおり 結婚したくなくなるお話をお届けします。   今回のテーマは 「新婚なのに既に旦那が嫌い」 です。   早すぎです。   というか、嫌いなのに 結婚したとしか思えませんが・・・   そんな声を集めまして いつものとおり 無責任に回答していきます。     旦那のことが嫌いになってしまいました。 (yahoo 知恵袋)     ざっくり言うと   ・二年付き合って結婚 ・夫はやさしいのだが、最近うっとうしく感じる ・自分はいままで自分が追いかける恋愛をしてきた ・自分のことを「好き好き」と追いかけられたことがない ・現在セッ○スも拒否している ・離婚はしたくない。 ・なんか意見ください   こんなところです。   とりあえず、結婚するまでは好きだったんですね。   気になるのは、セッ○ス拒否は 立派な離婚理由になりますが・・・   なんとなくですが、 離婚したほうが お互い幸せな感じがします。   やさしくしすぎると、 女性の方が満足しすぎて、 逆に嫌われる とか、よく言われます。   恋愛中ならわかりますが、 結婚した後にそういうことを言うのは どうなんですかね?   こういう感じの夫婦が 実際に離婚して、 奥さんの方が激しく後悔しているのを 何件か知ってますが、 ×が付いてから、 やり直してみるのもいいのかもしれません   もっといい人が見つかりますよ。 (たぶん)   旦那が嫌でたまらず、新婚生活が苦痛です   ざっくり書こうと思いましたが、 やめました。 前のひととほぼ同じです。   自分がモテないのは、 女性の気持ちがわかってないから と、よく言われます。   でも、個人的に思うのは この質問の女性と 前の質問の女性の気持ちを 100%汲み取っていれば 離婚しかないと思うのですが・・・   「不満がある」 ではなく 「嫌い」 ですからね   ⇒あなたの気持ちを尊重します ⇒では、離婚しましょう   が、だめだとすると この女性たちには なにかしら考えかたを 変えてもらうしかないように思います。   旦那がどこまで我慢するか? でしょうね。   新婚なのに、離婚を選んでしまいそうです。   こちらは、完全に女性の方を 擁護します。   ちょっと気になるのは 「交際10年」 で結婚してるのですが、 入籍1年で離婚するかも、 ということになってます。   10年間は 何もなく平穏だったんですかね。   だとすると 急になにかしらの環境が 変わったとしか思えないです。   はっきりとは書いてませんが、 家計が一緒になったことで だんなの方に なんらかの心境の変化があったようですね   完全にお金の件でもめてるので このままだと 奥さんの負担が大きすぎる感じがします。   世間体を気にせず離婚しましょう。 体こわしますよ。   新婚だけど離婚したい…。   こちらは最初の2件と同じような感じ   いつも思うのですが、 悩んでいるということは なにかやりたいこと、なりたいことが あるのに やれない、できない、 ということなんでしょう。   で、 やりたい、なりたいを 現時点でとりあえず 思いとどまらせているものはなにか? といえば、   世間体 会社の評判 相手方の家族の対応 お金関係 子供関係   こんなところでしょうか?   でも このブレーキとなっているものは 結構大事で これがないと 一直線に暴走します。   子供も捨てて 不倫相手と逃亡 とかホントにいますからねえ。   周りに迷惑振りまくだけです。   悩んでいると言うことは ブレーキがいい具合にかかっている と、 一瞬だけでも思えば いいと思います。   それでも 自分が正しいというならば その先に進めばいいんじゃないですかね?   自分はあくまでも他人なので 責任は取れませんが・・・ では。 google_ad_client = "ca-pub-5820172245190756"; google_ad_slot = "6144646627"; google_ad_width = 336; google_ad_height = 280; 続きを読む

大人になるということ、親になるということ

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大人になるということ、親になるということ     今回は本のレビューです。   【藤子・F・不二雄SF短編】「劇画・オバQ」 であります。 【藤子・F・不二雄SF短編】と呼べる作品は 112作品あるそうですが、 (全部は読んでませんが・・・) 自分の中ではBEST3に入る作品です。   ちなみに3つは 「老年期の終わり」 「劇画・オバQ」 「コロリころげた木の根っ子」 です。   「コロリころげた木の根っ子」は 伏線とその回収がすばらしくて、 話の内容は相当ブラックですが 読後感は意外とすっきりします。   さて、「劇画・オバQ」です   おおまかなあらすじは   大人になりサラリーマンとなった大原正太(正ちゃん)と、 15年ぶりに人間界に帰ってきたQ太郎が街角で再会する。 正太は既に結婚しており、 Q太郎はその家庭に居候することになるのだが、 正太の妻は大食らいで厚かましい態度のQ太郎を煙たがる。 そしてQ太郎が戻って来た事を知った西郷強(ゴジラ)が、 かつての仲間達で飲み会を開く。 やがて昔話に花が咲き、 「子供の頃の夢よもう一度」と皆で誓い合う。 しかしほどなくして、正太の妻が妊娠していると分かり、 昨日の誓いなどすっかり忘れて 子供が出来たと浮かれて出勤する正太を見たQ太郎は、 もう正ちゃんは子供ではないということを悟り、 大原家を後にしてどこかへ飛び去って行く。(wikipediaより)     この作品のポイントは 「子供」と「大人(親)」 の考え方の違い、 というか 「大人(親)」になることとは? ということのように思います。   自分は 明らかなおっさんですが、 いまだに結婚してませんし、 子供もいないので、 「Qちゃん」 の気持ちがよくわかります。   ある意味 「まだまだ冒険できる」 と、 思っていたりもします。   で、大人たち (と言っても年下だったりする) から、 「考えかたがおかしい。 子供じゃないんだから。」 とよく言われたりもします。     子どもが生まれるということ ある職場にいたとき その職場の女の子Sさん (既婚、28歳位、子なし) と話していたときのこと   その子は子供を欲しがっていたようですが その時点では、子なしで なかなか妊娠もしないため 妊活のために、仕事を辞めようかと思ってる という話をされました。   職場的には、辞められると戦力ダウンですが 本人の人生の選択なので それはそれで尊重しますよ と、 答えましたら その子は   「AさんもBさんもCさんも、 ホントにすごいと思う。 私には無理だと思う」   とも言ってました。   職場のおばちゃんたちのことですが、 それぞれ子供を生んだのが そのおばちゃんが 19歳、22歳、23歳 のときです。 子供はもう社会人とか大学生です 子どもが生まれる というよりは 親になる年齢が若いです   この感覚は自分も子どもがいないので よくわかります。 「自分みたいのが、親になっていいのか?」 と。   ペットの面倒もみれないのに 子供なんて・・・   その話をそのままAさんにしてみました。 (Aさんは19歳で結婚して、すぐ妊娠出産した) 「Sさんが言ってたけど、 Aさんは19歳で子供生んで育ててすごいと。 (Sさん)が自分には無理だと思うって」   で、Aさんは   「日中はダンナは仕事でいないし、 子供のことはわからない事だらけで、 近所に聞ける人もいないし、毎日泣いてたよ。 自分がすごいとか、とんでもない」   とのこと。   そのAさんの話を 今度Sさんにそのまま返したら 「ものすごい安心した。 みんなすごい人で、 自分がダメな人のような気がしてたから」 と、いってました。   このやり取りを BさんCさんにも聞いてみたところ   「子どもができれば、親にならざるを得ない」   という、しごくごもっともなお答えが返ってきました。         自分は親になれますかねえ?   自分は ずっと「Qちゃん」のままのような 気もしますが・・・   この回終了   ちなみに結構古い作品なので 掲載している本は、なかなか入手しづらくなってます。   (楽天ブックスはこちらへ) ⇒藤子・F・不二雄「異色短編集」(1) ミノタウロスの皿 (小学館文庫)   ▼第1話/オヤジ・ロック▼第2話/じじぬき▼第3話/自分会議▼第4話/間引き▼第5話/3万3千平米▼第6話/劇画・オバQ▼第7話/ドジ田ドジ郎の幸運▼第8話/T・Mは絶対に▼第9話/ミノタウロスの皿▼第10話/一千年後の再会▼第11話/ヒョンヒョロ▼第12話/わが子・スーパーマン▼第13話/コロリころげた木の根っ子 というラインナップです。   では。  続きを読む

夢あきらめなければ、かなう。と言いますが・・・?

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  おっさんから若い人へ送る 反面教師的な話。   こういうふうになっては いかん。、 ということです。   自分もいい歳になりまして、 やりかけてあきらめた (または、長期の放置中) ことは、 たくさんあります。   まず、税理士試験 (いまから15年前くらいの話) 税金に興味を持ったのは、 以前いた不動産の会社が、 なんとなく怪しかったため。   毎年年末調整のあとで、 10万単位の金額が戻ってくるのですが、 なぜか、3万、5万、2万みたいに、 分割されてもどってくるのです。   (後で知りましたが、資金繰りが そのとき相当やばかったみたいです)   こんな制度だっけ? というのが、まず思った疑問点   その後、諸事情により会社から 逃亡して退職したのですが、 正規の手続きをしてないせいか、 社会保険関係とかの書類が、 いつまでたっても送ってこないのです。   (この少し後で、正規の手続きをして辞めた人も、 「なぜか、離職票と源泉徴収票をくれない」 と、怒ってました。 これについては、理由は不明)   毎年10万単位のお金が戻ってくるのに、 さすがに捨てるのはもったいないので、 税務署に問い合わせたら、 「源泉徴収票がないとだめ」 ということで、 それ以上話が進まなくなってしまいました。   ただ、例外として 「会社が倒産でもして、 源泉徴収票の請求ができなくなった場合は、 その年の給料明細などから、 所得税の還付額を計算することもできる」 と、教えてもらいました。   「会社が源泉徴収票を渡すのは、 義務だからその会社に請求してみてください」 といわれましたが、 もう会社とコンタクトを取りたくないので、 あきらめていました。   ところが、半年ほどして 「あの会社がホントに倒産したぞ」 と、昔の仲間から連絡があり、 帝国バンクか商工リサーチだったかの HPから調べたら、 たしかに載ってます。   そこで、税務署に問い合わせたら、 「倒産した事実を書いてる文書とかHPのコピーがあれば、 源泉徴収票がない場合は、給料明細でもOK」 ということで、 すぐコピーをとりまして 所得税の還付申告ができるようになりました。 そのとき戻ってきた所得税は約22万くらい   これでもう少しだけ、 生きていけるようになりました。 (ただし、そのあと住民税8万払え、というのがきましたが・・・)   で、思ったのは 国の制度は結構ちゃんとしてるなあ というのと、   さすがに調べないとわからないよなあ という点   なので、 税理士の勉強をしようと思ったのは、 資格を取ろうというよりも 税金のしくみに興味を持った というのが、正確かも知れません。   そこで、いろいろ調べました。   当時(15年くらい前)の税理士の受験資格で、 自分がいけそうなのは   ・日本商工会議所主催簿記検定試験1級合格者 ・社団法人全国経理教育協会主催  簿記能力検定試験上級合格者   あたりです。   今の受験資格(国税庁HP)   税理士試験は 例年8月第1火、水、木曜日の3日間 (申し込みの締め切りは例年5月半ば)   逆算すると   ・日本商工会議所主催簿記検定試験1級(以下日商1級)合格は、 税理士試験の前年の11月まで (1級の試験は、例年6月と11月)   ・社団法人全国経理教育協会主催簿記能力検定試験上級(以下全経上級)合格は、  税理士試験の年の2月の試験まで (上級の試験は、例年2月と7月) となります。   そこで、勉強スタート 日本商工会議所の簿記の2級から始めましたが、 勉強期間は3ヶ月くらい 本屋で買った参考書と、 過去問だけで 1発合格しました。   意外とあっさりいけるかも と思ったのですが、 1級は苦労しました。   日本商工会議所1級試験結果 平成11年11月、平成12年6月とも不合格 平成12年11月、平成13年6月も不合格   自分なりのスケジュールが押してきてしまったので ギャンブルに出ます   平成13年8月からスタートする 税理士試験の通信講座を申し込みます お値段約50万円   さすがに日商1級だけだと やばそうなので、 全経上級も受けます。   平成13年11月、 日商1級不合格 (70点合格で、 「69点」と書いてあったのを見たときは 腰から崩れ落ちました。 そんな風になったのは、 人生でいまのところこのときだけ)   平成14年2月、全経上級合格! 合計6回目でやっと合格しました。   このとき受からなかったら 税理士試験の受験資格がないため 約50万円が、ぶっ飛ぶところでした。   で、このときの試験の印象として、 「なんか、問題が簡単になった気がする」 と、ほんとに思いました。   試験時間も10分くらいあまってしまって 結構見直しもできました。 自分で考えるには、 税理士試験用の勉強(簿記論、財務諸表論)のほうが、 やはりレベルが高いのですが、 基本を固めるみたいなことに 重点をおくカリキュラムの時期だったためか、 (その後、試験前の勉強の時期になると、 ありえないくらい難しくなる) それがよかったんだと思います。   それから、 平成14年8月、税理士試験の「簿記論」「財務諸表論」合格   この2つは最初に受かっておかないと、 あとからだと意外と大変 と、言われていたので 税理士試験は順調に行っちゃうのかも? と、おもっていましたが・・・   税理士試験は、独特の試験方法でして、 科目ごとに5科目合格で、 正確には 「税理士となる資格を有する者」 となります。   (実際に税理士として、 お金をとって仕事できるようになるには、 実務経験やらなんやら、いろいろ必要になります)   例えると、 国語、算数、理科、社会 と、あったとして 4科目のトータルの点数ではなくて 科目ごとに試験して   「国語」で合格 「算数」で合格 「理科」で合格 「社会」で合格   しなければなりません   5科目いっぺんに受験する人もいるらしいですが、 合格する可能性からいけば、 日本でもっとも受かりにくい試験になります。   受験申し込み者は、例年約4万人いますが 5科目一発合格は 平成23年に一人、 その前が平成6年に一人 という噂です   なので、普通は合格まで 2年から5年計画にする人が多いはずです。 自分はスタートで2科目受かったので、 残りを3科目を 3年で受かる計画にしました。 次の年は、1科目受けて不合格 その次の年は2科目受けて不合格 その次の次の年の3科目受けて不合格 その次の次の次の年は1科目受けて不合格   ここで、ぷっつりと切れてしまいました。   失敗の原因は・・・ 税理士の試験は例年8月で結果が12月に出ます。 この4ヶ月の間の勉強の計画を間違えたようです。   8月に受けた試験を受かってると思って、 次の年のために違う科目を勉強し始めるのですが、 12月に不合格がわかり、 1月から不合格になった科目の勉強もします。 これが結構な負担になったようで、 2科目ともなんの手ごたえもなく撃沈・・・   次の年の3科目もそんな感じ   やはり1科目に集中しようとしましたが、 この年の試験結果は「A」判定   受かると 「ゴウカク」 と、書いてあるので、 アルファベットの時点で、 アウトです。   心が折れやすいのは、やはりお金の部分 自分のところの地域には、 有力な専門学校みたいなのはなくて、 東京の学校の通信講座をやってましたが、 1科目15万から20万くらいします。 なので総額120万くらい使ったはず。   それをモチベーションにする人もいると思いますが、 自分の場合はその部分ではダメでした。 落ちるたびに 「また20万・・・」 と、 疑問を感じるようになれば もうアウトですよね。 反面教師的なことしか言えないのですが、 資格試験は難しいほど、 人生をかけてしまう感じになります。 司法試験10年とか・・・   受かるといいのですけど、 受からなかったとき、 さすがにどこかであきらめないと いけないと思うのですが・・・   なので 勉強中は死ぬ気でやったとしても、 ほんとの人生で死んでしまっては、 本末転倒なので、 年数を決めるのがベストのような気がします。   試験は全員が受かるわけではないですが、 やる以上はがんばってください というしかないです。   では   google_ad_client = "ca-pub-5820172245190756"; google_ad_slot = "6144646627"; google_ad_width = 336; google_ad_height = 280; 続きを読む

逃亡のすすめ。いろんなものを捨ててみよう。

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逃亡のすすめ。いろんなものを捨ててみよう。   今日はお休みです なにかしようと思ってますが いまのところ何も思い浮かばず とりあえず コーヒーを2本も飲んでしまいました。   正確な名前は忘れましたが 例えば、 ベンツを買った人は 町で走るほかのベンツとか、 ベンツの広告ばかり気にするようになったり、   歯のホワイトニングした人は、 他人の歯の色が気になったり   なんかそんな心理状態をあらわす、 心理学の言葉があったと思いましたが、 なんでしたっけ?   今回はそんな話   ブラック企業とは? 自分がニュースのサイトなんかを見て とりあえずクリックしてしまうのが 「ブラック企業」 という単語   自分も 他人からは 「どう見てもブラックでしょ」 という会社におりましたが、   他の話を見たり、 聞いたりしたときに   「まだ、ましでしょ」 とか 「さすがにひどい」 とか、   世の中はいろんな人、 会社があるんだなあ と、思います。   (PR)   で、最近よく見る経済雑誌のHPから   ダイヤモンドオンライン(外部リンクへ) (無料会員登録して読んでください) 記事は MSNニュースなど ブラック企業の壮絶パワハラ、体験者が明かすサバイバル術 (外部リンクへ)   とりあえず 「逃げる」のもあり? ブラック企業もいろんなタイプがありますが 大まかに言うと 「退社させようとする」 vs 「退社させないようにする」 に別れるでしょう。   この両者は明らかに性格が違います   個人的には 「退社させないようにする」 のほうが、 よりブラックと思っております。   いくらブラック会社でも 収益を挙げてきてくれる人がいなくなれば、 必然的に会社を維持できなくなると 思うからで、   ブラック会社は基本的に 全員でいっせいに辞めてやればいいんです (まあ、言うのは簡単ですが・・・)   自分がいたところは 「退社させないようにする」 タイプでした。   ブラック度は高いのですが ただ、どうもそこの社長は 「下で働く人間がいなくなるのを、極度に恐れていた」 らしい、 という噂でした。   恐怖心の裏返しが極端になっていた のでしょうか? 社員の縛り付け方は ちょっと度が過ぎると 思ってましたが 今となっては 何がそうさせていたのかまではわかりません。   自分が 「会社辞めたい」 と、 上司に相談すると とにかく全力で阻止されます。   自分が会社を逃亡するにあたって 一番気にしていたのは   「その会社の課長なり部長が 逃亡した人の身元保証人に電話して 罵詈雑言を浴びせないといけない」   という謎のルールがあったこと   無断欠勤してますが・・・ といった 「心配してますよ」 的な感じではなく 明らかにケンカを売りにいくのです   実際に逃亡した人はいましたが、 その直の上司の課長だった人は 逃亡した人の身元保証人に   「お前の息子のせいで会社が迷惑をこうむった」 「社員寮の修繕費を払え」   みたいな電話をしないといけないのです (しないと役員や社長に怒られる)   しかし ある逃亡した人の親が怒って 弁護士をたてて反撃したら 「あの課長が勝手にやった」 「会社としては、謝る」 みたいな対応をしたらしく (だったらやらなきゃいいのに) と思ってましたが その思考回路はホントによくわかりませんでした。   なので、 自分が逃亡すると決めたときは まず親に連絡をいれ しばらく実家にかくまって欲しい と告げておきました。   そのあとたぶんこんなことになるだろうと言うと ひとこと 「わかった」 と言ってくれました   逃亡当日は日中はパチンコ屋に身を隠し 夜行バスで田舎に一時避難したのですが とにかくびっくりしたのは 「体が軽い」 のです。   大げさではなく ホントに30センチくらい 浮いて歩いてるんじゃないか? と思うくらいです。   実家に帰ってきたときの 自分を見た母親の感想は 「本当にぼろぼろになって帰って来た」 そうで 「病は気から」 というのは、やはりその通りだと思いました。     さてブラック企業対策ですが 一番有効なのは 「その会社を辞める」 です。   家族がいたり、子どもがいたり 住宅ローンがあったりとか 簡単には辞めれない事情も当然あるのですが、 「自分が会社の体質を変えてやる」 なんて、 間違っても考えてはいけません 体壊しますよ。   本気でそう思うなら 独立しましょう。 そっちのほうがうまくいきますよ   さらに 自分が以前いた別の職場では、 同じ上司(部長職)に 毎日叱責されてた部下(課長職)2人が 脳出血系で入院してしまいまして、 「命をかけるほどの職場なのか?」 と 完全に気持ちが引きます。   もちろん、叱責と脳出血との因果関係は不明ですが、 自分がそうならない保障はありません。   (直接関係ありませんが、 その会社にいるときに 心臓ペースメーカーの手術をしてます)   ちなみに 一人は職場復帰しましたが もう一人は 手術できないような箇所で脳出血したらしくて 職場のみんなが 「もしかしたら・・・」 と、思ったくらいです。   うわさでは現在まで意識不明で植物状態らしい・・・   そのことがあってから この職場で従順でいることは 自分にとってよくないことが起こりうる という妄想にかられてしまいまして   自分は管理職でも正社員でもないので 「いつでもクビにしてみろ」 という態度で接していたら ホントにクビになりました。   業務はちゃんとやってましたよ。 ただ特定の上司に反抗的な態度をとった、 ということです。   (現場の人間は 管理職の言うとおり仕事してるのに なぜ、業績が上がらなかったり、 給料を減らされたりするのか? 結局管理職が無能なのか? といったら、大喧嘩になった)   少し言い訳すると、 仕事をやりたくなくて反抗的だったわけではなくて もっと効率よく仕事したかっただけです、ハイ。     若いときの時間は 特に貴重だよね 名前は忘れましたが ある有名ブロガーが ブログを書こうと思ったきっかけが   とある大学生のアルバイトが 給料の未払いがあって 「なんとかユニオン」 に参加して、 未払いの給料を支払うように 交渉してもらうようにした という記事を見て   そんな何百万もの金額ではないのに なぜそんなに一生懸命になるのか?   大学生は違うバイトすればいいだけ 時間を無駄にしてはいけない その時間でもっと生産的なことをすればいい そう思ってブログで稼ごう と、思った のだそうです。   やや極論っぽいですが 言ってることは一理あると思います。   (PR)   ブラック企業に入社してしまったことにしがみつくより 新しいことに希望を見つけたほうが よほど心身ともに健全な状態になるような気がします。   それでも おかしな会社で働いていたことは その後の人生において 意外とプラスになります。   自分の経験からいうと 「あの会社に比べたら・・・」 という考え方をすれば かなり、がんばれますよ。   当事者にしてみれば 「そんな単純な話じゃねーよ」 といわれてしまいそうですが 一度そんなふうに考えてみるのも いいかも。   たまにクズ人間的な考え方をすると 意外と気が楽になります。   この回終了 では   google_ad_client = "ca-pub-5820172245190756"; google_ad_slot = "6144646627"; google_ad_width = 336; google_ad_height = 280; 続きを読む

「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」

人生

こんな職場ありますねえ。 今回は、久しぶりに 人の悩みに勝手に無責任回答をしていきます   職場で嫌われてます (goo)   自分もあまり群れる感じではないので、 一人ぽっちにはよくなります。   ただ、ちょっと気になったのは   去年、旅行に行ったお土産を出したら箱菓子の封すら切られてない。   ここです。 ある意味、ポリシーと行動がいっしょで 自分的にはまだいいほうだと思いますよ。   あくまで想像ですが、 ここまで関係を持たないことを 徹底しているのならば 「困ったときだけ寄ってくる」 というのもないのではないかとおもいます。   これはこれで、ある意味やりやすいですよ。 自分はこの 「徹底的に避けられる」 という経験はなくて   あいさつしない 返事しない 雑談しない 仕事助けない 連絡事項を伝えない   という状況になっていても   自分が旅行に行って 職場にちょっと高級そうなお菓子を置いてみたときに あっという間に食べつくされて、 お礼も味の感想も言われない、 みたいな人たちばっかりでした。   「徹底的に嫌う」 「徹底的にかかわりを持たない」 というのは、 社会生活上相当の信念をもたないと なかなかできないと思いますよ。   事件が人を作っていくのではないらしい で、気になったのが この回答の中に出てきたフレーズ 「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」   この言葉の第一感は、 「うまいこと言うなあ」 といった感じ。   元をたどりますと、 向田邦子さんのエッセイ 「父の詫び状」 のなかの 「お軽勘平」 というところに出てくるそうです。   この中では 小林秀雄が言った となっていますが、 どの著作のどの部分なのか はっきりしてないらしいです。   この 「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」 の意味合いとしては、   事件がその個人を作っていくのではなく、 事件のほうが人を選んでいる のだそうです。   そういわれれば そんな気もしますし そうかなあ? と思うところもあります。   まあ、いつものとおり 自分に置き換えてみます。 (他人の人生は見れませんので・・・)   事件という大事件は なんかありましたかねえ?   ある日バイト先のパチンコ屋が火事になりましたが、 半年後に住んでた木造アパートも火事になりました。   それくらいですかね。   自分の個性が 半年間で2回火事を引き寄せた? と、 解釈すればいいんですかね?   周りの人はいろいろな人がいるはずだが・・・ 職場では自分の性格のせいなのか、 よくわかりませんが、 基本仲間はずれにされます。   これは、おそらくですが、 人に対する接し方が 毎回同じなので 同じ風になっている のかもしれません。   相手方はいろんな性格、年齢、立場 のひとがいるはずですが、 なぜか同じ結果になります。   自分は人として 気づかない問題があるのかもしれません。   これは、自分の個性が引き寄せてる と言われれば、 そうなんでしょう。   人が先か?運命が先か? この 「父の詫び状」 のなかの 「ねずみ花火」 というお題のところで この店〔喫茶店〕には十人ほどの女の子がつとめていたが、中に一人とても気のつく子がいた。十七、八の小柄な細面の子で、小まめにお茶を入れかえてくれたり、伝言なども正確に伝えてくれた。  ある時、私が仕事の疲れでうつぶして寝込んでしまい、頬にビニールをバラの花形に切りぬいたテーブル・クロスの型が赤くついてしまった時も、彼女は、笑いをこらえながら、蒸しタオルを何回も取りかえてくれたりした。  心づけ代りにハンカチでも買ってそっと手渡そうかな、と思っていた矢先、おひるのテレビ・ニュースに突然、被害者として彼女の写真があらわれた。  つきあっていた男友達に殺されたのである。みごもっていたこともあり烈しく結婚を迫ったのが理由だとアナウンサーは事務的な口調でしゃべっていたが、首を絞められ古材木の浮かぶ濁った掘割に投げ込まれていたと聞いて、私は食事をつづけることが出来なかった。  私の知っている彼女は、笑い顔のあどけない人なつっこい少女だった。話をする時、人に体をもたせかける癖が気になったが、ユニフォームの下からのぞく細い足にはまだ充分に育ち切らない稚さ〔おさなさ〕があるように思っていた。だが、子供っぽい薄い胸の中にはこんな修羅場を抱えていたのである。人を見る目が幼かったのは、むしろ私の方であった。  ウェイトレスや看護婦さんや、ユニフォームを着て働く人を見るたびに、この下には、一人一人、どんなドラマを抱えているかも知れないのだ、十把ひとからげに見てはいけない、と自分にいいきかせている。 □(「ねずみ花火」134-5) というのがあるのですが、   これを、作者が 「自分の見る目がない」 というのは、 ちょっと自分を卑下しすぎではないですかね。   逆に 「この人近々死ぬな」 なんて言うほうが、 ちょっと怖いです。     そして個性にあった事件に出会ってしまったのか? さて、 「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」 ですが・・・・   ご存知のとおり 作者の向田邦子さんは 1981年(昭和56年)8月22日、 旅行中の台湾苗栗県三義郷で 遠東航空機墜落事故にて死去してます。 享年51。   飛行機墜落事故に出会う 向田邦子さんの個性とは いったい・・・?   google_ad_client = "ca-pub-5820172245190756"; google_ad_slot = "6144646627"; google_ad_width = 336; google_ad_height = 280; 続きを読む