なぜ、「あえて」その人と結婚したのですか?

主義・主張

なぜ、「あえて」その人と結婚したのですか?   こんにちは やぐらです。   今回は「結婚の決め手」です。   「あえて」とつけたのは、 ものすごい「モテる」男性が、複数の彼女の中からなぜその人と結婚しようと思ったのか? という問いにとても興味深い返答をしていたからです。   こういう男性の返答の多くは「この人(女性)が一番めんどくさいと思ったから」という趣旨のことを言う人が多いのです。   例1: 桜井章一さん 職業:麻雀の裏プロ 「伝説の雀鬼」と呼ばれていて麻雀界で知らない人はいないと思われます。   この方の著作に書かれていることやコメントなんかは、高度すぎて、なかなか「平凡な一般市民」には理解しづらいところもあります。   特に「感覚が違いすぎる」と思うのは、奥さんと結婚したときの話。 著作から引用してみます。   「諦めていることはあるか?」という問いに対して   半ばご愛嬌で読んでいただきたいのだが、それはうちの嫁さんである。 嫁さんは半端でないくらい常識を超えた行動をする人である。 私がどこまで許すか試されているようなところもあるのだが、そのために家の中はたびたび暴風雨に見舞われる   家内と結婚する前はこれでもけっこうモテていて、30人ほどのガールフレンドがいた。 その中で一緒になるともっとも面倒というか、困難がふりかかってきそうだったのが家内だった    結婚式で私は泣いた。それは感動したからではない。 「ああ、これからがほんと大変だ」と思ったのだ。 「俺の根性をもってすれば1年は持つか‥‥‥」、泣きながらそんなこともふと考えた。   知り合いのとんでもない金額の借金の保証人に相談もなくなってしまう。 勝手に銀行の通帳を持ち出して高級な車を買ってしまう。 あるいは、子どもの学費だとか結婚の費用にと貯めていた貯金を平気で自分のために崩してしまう。家内はそんな女性なのだ。   だが、「やれやれ」ということが毎日のようにある反面、家内は私にとっては生き甲斐を感じさせてくれる存在でもある。 そもそも「ダメ」という大きなマイナスから始まっている結婚なのだから、何か一つでもいいように変わればOKなのだ。   「感覚」が違うのですね。 と言うしかありません。   「ダメ」なら結婚しないと思うのですが・・・   一般的に、結婚って「安定」とか「平穏」とかを願うような気がするんですが、それとは真逆の方向に行ってるようにしか思えません。   ただ、桜井さんが感じる「幸福感」というのは、文面から十分伝わって来ます。 他の著作でも「困難な状況のほうが面白い」という趣旨のことをたびたび仰っていますので、桜井さんの人生観がそのまま「結婚」という行為にも現れているんだと思います。     // //   例2: とあるナンパ師(Oさん) 職業:ナンパを教えてくれる人 こちらも「ナンパ業界」で知らない人はいないと思われます。 (最近、弟子が逮捕されたりしたところとは、全く無関係)   「あえて」名前は出さないでおきます。   この方の結婚のときのエピソードが面白くてある意味、ぶっ飛んでいます。   あるとき結婚しようと思い、婚約者の女性を田舎に連れていき両親に紹介します。 その後、結婚式の当日になって、現れた新婦が前に紹介された女性と違っていて、新郎側の両親、親戚関係が全員「フリーズ」したまま結婚式をした。 という伝説の持ち主です。   しかも、結婚することが決まっているのに、結婚式の3日前にナンパした女性の方と結婚することを決めた、というなかなか見かけないタイプの方です。   なぜ、この後の方の女性と結婚しようと思ったのかという問いには 「なんか違ったんだよね~」 という説明のみです。   ちなみにこの方、結婚前に女性の経験人数は1000人以上、さらに結婚してからも1000人以上の経験人数だそうです。   「なんか今までの人と違う」 と、感じたにせよそれを3日で見抜く、というのはもはや神技としかいいようがありません。   この奥さんの結婚当初のエピソードもすごくて、 「夕方、家に帰ってきたらその日の夕食が『ファミチキ』一つだった」 ことがあるそうです。   現在、結婚して10年目だそうですが、奥さんは 「よく、当時の私と結婚しようと思ったねえ~」 と笑うそうです。   桜井さんと同じく「自分が思う人間の本質」みたいなものに、なんとなく共通するものがありそうに思うのは自分だけでしょうか? (しかし、自分が真似すると大怪我するような気がする)     // //   自分の知人の奥さんにも、なかなかの「ダメな嫁」エピソードを持っている人は何人かいます。   特に、多いのは「料理関係」です。 「炊飯器で炊いているのに米に芯が残る」 「ポテトサラダにラップが混ざっている」 「ブリ大根の『ブリ』が妙に生臭くて食べれない」   「・・・」   まあ、この話をしてくれているダンナたちは「幸せそう」なのでこれはこれでいいんでしょうね。   それと、よく聞く話は 「結婚前にどんなに嫁と喧嘩しても、結婚するならこの人しかいない、と思っていた」 という人が多いです。   いいところばかりでなく、ダメなことを見せられたほうが、逆に安心するそうですね。   この話をしてくれたダンナたちは結婚10年未満ですが、「嫁はこわい」と言っているのも共通しています。   さて、自分を含めてまだ独身の方々は「ちょっとだけ」人に対する見方を変えるだけで、その人の「本質」みたいなものがわかって、結婚につながる行動が取れるのかもしれません。   では。     // //    続きを読む

自分が84歳になったとき他人から尊敬してもらえるのか?

人生

    こんにちは やぐらです。   今回はこちら   日本には年上の人は敬わねばいけない様な空気がある。いくら年を重ねても敬えない人はたくさんいる。何年生きたとてそれだけで人間ができるものでは無い。敬えない年寄りを敬う必要はない。敬わねばいけない様な空気に悩まされる若い人が気の毒だ。 — ミゾイキクコ (@kikutomatu) November 30, 2015   ミゾイキクコさんという方のツイートです。   御年84歳。 twitter のフォロワーが約9万人 とのことです。   64歳からインターネットを初めて、windows98 でホームページを作っていたそうです。   お茶のお稽古を動画で録画して、youtube にアップして復習に使っているとか。   また、文字が大きいほうが読みやすいので、本は ipad で拡大して読んでいるそうです。   完全に自分よりも数段レベルが高い使い方をしてます。   (自分は ipad をさわったことすらない)     // //   さて、今回なぜこの人にあたったのかといえば 「どうも今のお年寄りは、自分のイメージとはだいぶ違うらしい」 という疑問から、いろいろ検索していたら出会ったわけです。   まず、日々というかもう小学生くらいから疑問に思っていたこと。   なぜ、年上を敬わなければならないのか?ということ     まず、なぜ他人を敬うのかいえば、簡単に言うと「この人すげー」と思うからです。   自分ができないことをするから、してもらうからです。   基本的には年齢は関係ないはずです。   自分が営業の会社に25歳で新人として入社したとき、課長が21歳でしたが、純粋に「すごい人」だと思いましたよ。   ちなみのこの課長は22歳で営業部長になって、その後社長ともめて独立して、もといた会社の100倍くらいの規模の会社を作り上げてしまいました。   「尊敬に値する」とはこういうことなんだとおもいます。   お金の話はわかりやすいですが、毎朝、公園を掃除してるおばあちゃんとか、ボランティアで頑張ってる人とかも「尊敬に値する」わけです。   冒頭の、ミゾイキクコさんのツイートでも   いくら年を重ねても敬えない人はたくさんいる。   と言っています。   (年とってるのがそんなに偉いのか?) という人も実際多いですからね。   年上を敬うのは、自分より長く生きてる分、物事を知っていたり、なにかの先駆者だったり、経験を積んでいたり、しているからです。   尊敬というのは「生き様」に対して使う言葉ですよね・・・     // //   それと、今回いろいろ調べると、実は「今どきのお年寄りはやりたいことがたくさんあって、実は、かなりアグレッシブ」なんだそうです。   うちの母親も78歳ですが、去年からスポーツジムに通いだしまして、しかも自宅からジムまで片道20分を歩いて往復しています。   なんかそのジムには「ムキムキの」90歳のおばあちゃんがいるのだとか。   どうも今現在、母親の目標の人のようです。   例えば、健康関係はやはり関心が高くて 総務省|平成25年版 情報通信白書|変わる高齢者像 -アクティブシニアの出現-   歩くスピードとか、10年前よりも速くなってるそうです。     続いて、IT関係   スマホの保有率 www.travelvoice.jp   80代は3割だそうです。       LINEの利用率 webtan.impress.co.jp   今現在の自分でもLINEの使い方は正直あやしい・・・     あと、お菓子好きなんだとか   www.dnp.co.jp   お菓子も、羊羹とか和菓子ではなく、チョコ、クッキーの市場が伸びてるそうです。     お年寄りのイメージが変わる、というか寿命が伸びてる分、なんの要素でも、年齢が上の方にスライドしてる感じがします。   まあ、自分も来年50歳ですし、70歳くらいだと、自分とあんまり変わらないのかもしれないですね。   まずは、健康に気をつけます。   では。  続きを読む

「嫉妬(ジェラシー)」について思い出してみた。

日本語

  こんにちは やぐらです。   今回はこちら     言葉って不思議だと思いませんか?―その"言葉"を使うときの人間の心理 作者: 晴香葉子 出版社/メーカー: 彩雲出版 発売日: 2015/12/25 メディア: 単行本(ソフトカバー) この商品を含むブログ (1件) を見る   最近、あらためて「日本語」を勉強しております。   ブログやらなんやら文字情報オンリーの場合、(画像とか動画もありますけど)当然情報を伝えるのは「文字」「言葉」「文章」のみですからね。   文字オンリーの場合は、それこそ「単語」「言葉」の意味や、文章の組み立て方が、そのままストレートに伝わってきますので、   特に変な文章、わかりにくい文章なんかだと、読んでいてホントに何を言いたいのかわからないときがあります。   (自分に対する反省を含む)   会話だとその時の状況とか、話す人の話し方、声のトーン、表情その他の情報から、会話の内容が「ほんと」「うそ」「信用できる」「なんか怪しい」とか   会話の真相みたいなところを感じ取れるはずです。   言葉の意味と表情が同じならば、特に問題なし。   ただこれが違う場合、 例えば、うれしくなさそうに「うれしい」と言われても、おそらく優先するのは表情の方ではないかと思われます。   そんなわけで今回の本です。   テーマは「ある言葉を使うのは、特定の心理状態を表しているから」というもの。   言葉の意味以上にその言葉を使う人の心理状態をあらわしている、と著者はおっしゃっているわけです。   最初、本の帯を見たときは「もしかしてポエム?」と思いましたが、ちゃんとした(?)心理学をベースにしたものでした。   (著者の肩書も心理学者となっております。)   いくつかの言葉を取り上げていて、その言葉を使うときのシチュエーションとその心理状態が書かれています。   例えば、「人間関係」という言葉   実際に「人間関係」が良好のときは、「人間関係」ということばが使われることはほとんどなく、「人間関係」が良好でないときに使われる言葉、だそうです。   言われてみればそうですね~   関わりのある人が思うように動いてくれなくて・・・   たしかに動かないんですよね~   (ただ他人から自分がそう思われている可能性はある)     こんな感じで全部で33の言葉について書かれています。 (最後に記載してあります)   // //   詳細は本を読んでいただくとして、自分のなかで一番心に刺さったのは「嫉妬」の解説です。   「嫉妬」 頻出するシチュエーション: 抱いていた優越感が消えゆくとき   いや~もうそのまんまです。 「優越感」ってある意味「プライド」に関わるところですから、いろいろこじらせるとめんどくさいことになりますね・・・   同時に何をしでかすかわからない言葉のNo.1でもあります。嫉妬を感じたとたんに、その人の不幸を期待してしまうものだからです。   はい、そのとおりです。 (死ねばいいのに) と思ったことは、正直何回かあります。 (以下、自粛)   その他の言葉は、ぜひこの本を読んでみてください。   // //   そして、この本を読んで思うことは、文章を書くときに使う言葉ひとつ変わるだけで、文章全体の印象が大きく変わる可能性がある、ということですね。   面白い小説は、ストーリーの構成もそうですが、使う単語がそのストーリーの流れにうまくはまっているからなんですね~   ということで改めて日本語を勉強するにあたりこちらも買ってみました。   新レインボー小学国語辞典 改訂第5版 小型版(オールカラー) (小学生向辞典・事典) 作者: "金田一春彦""金田一秀穂" 出版社/メーカー: 学研プラス 発売日: 2015/12/08 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る あえて小学生用にしました。それでも「約37000語収録」なので十分なはず。     ショウワノート ジャポニカ学習帳B5判 国語 10マス 十字補助線入り 5冊パック JL-8*5 出版社/メーカー: ショウワノート メディア: オフィス用品 この商品を含むブログを見る こちらも小学生用です。これは「やや老眼」になってきたので見やすいものを、ということです。   あと、なんとなくですが 最近いろんなことをインプットしたせいか記事を書くのが速くなった気がします。 (文章がうまいかどうかはまた別の話) 死ぬまで勉強ですね。   では。   // //   引用は全て 「言葉って不思議だと思いませんか?―その"言葉"を使うときの人間の心理」 より   収録語 信じる 許す できない 思うけど言えない わかった 考えとく 勝手にしろ 純愛 恋心 心変わり 運命 人間関係 トラブル 嫉妬 依怙贔屓 知ったかぶり ここだけの話 悪口 褒める 感謝 傷ついた 愛 続かなかった やる気が出ない 決められない だってしかたがない 私なんて がんばる 自尊心 情熱 希望 幸せ 自由 続きを読む

「自分で気づく」は「教わる」より数百倍、納得感がある。というお話。

やり方

こんにちは やぐらです。   今回はこちら   izoomi-momo.jugem.jp     人から教わろうとしてみる     今、自分の中でモヤモヤとしているのが、「自分が望むための結果を出すためにはどうすればいいのか?」みたいなことです。   例えば、このブログは思ったことをほぼそのまま書いていますが、 「記事の中でいいたいことは書けたか?」 「他人が自分の記事を読んで、『この人はこんなことがいいたいのだろう』というのが伝わっているか」 ということは一応気にしてはいます。   もっとかっこよくいえば、自分の記事を読んで、『役に立った』『おもしろかった』とか思ってもらえれば、なおいいわけです。   // //     また、別のブログ、サイトもやっておりまして、こちらは、なんとか収益を発生させたいなあ、と思っているわけです。   当然、ただの物売りだと見向きもされないので、いろいろライティングやらサイトのデザインやらを勉強していますが、今の所、自分が目標としている結果には至っていないのであります。   そこで、そこそこのお値段のする、「ライティングを教えてくれるところ」にここ数ヶ月お世話になっているのですが、自分の中ではまだちょっと違和感がありまして、「結局どうすればいいのか?」と、やや迷走し始めています。   現在、「ライティングを教えてくれるところ」は、基本的には何かを教えてくれるわけではなく、 (ホントはメール講座みたいなことをしてくれるはずだったのですが、なぜか数ヶ月たってもスタートしない) 受講生の方からの質問、記事添削依頼があればいつでも受けますよ、というスタイルになっています。   一応、自分としては「まだまだ初心者」という自覚があるので、「教えてもらったことをそのままやってみました」みたいな「型」のようなものをとりあえず欲しかったのですが・・・   仕方がないので、手探りで他の書物やらサイトやらを参考にして、自分なりに記事を書いてみて、記事添削の依頼を数回してみました。   こちらとしては、まだまだ収益という結果が出ていないレベルの記事なので、いろいろ厳しく指導されるのかと思いましたが、 (ここの教えてくれる人が修行時代に『自信を持って書いた記事をボロクソに言われた』と言っていましたので)   添削の指導としては記事のレイアウトに関することがほとんどで、いくつか、記事の構成とか内容とかの質問をしても「問題なし」という回答です。 (ヘッドコピー、記事のタイトルの指摘はありましたが)   「『だめ』と言われていないということは『いい』ということ」と、プラスに解釈してその記事をワードプレスでサイトに公開して反応を見ていますが、いまのところ特に目立った動きはありません。   (ワードプレスは、時間がかかる・・・)   近況がこんな感じなので、なんとか自分が前に進むためにはどうしたもんか・・・と、探っていたら冒頭の記事にあたったわけです。       人から気づかせてもらう   冒頭の記事の概略は、美術大学の学生がデッサンの練習をしていたのですが、教授が何も教えてくれない。ただひたすら書けと言われる。   自分では、もう完璧な作品と思ったのでしびれを切らして、自分の作品を教授に見せたら「ここがちょっと曲がってる」という指摘をされました。 改めて自分の作品をよく見るとたしかに曲がっている。   そして教授からは「とにかくよく見ること」とだけ言われます。   そこで、自分で改めてよく見ると細かいところでおかしなところがある、 細部がおかしいので全体が歪む、ということに「気づいた」そうです。   この教授は、「やり方を教える」のではなく「自分で気づくこと」を教えてくれた。 ということなんですね。   // //     とにかく意識することが大事     言い訳がましくなりますけど、この「気づく」という感覚は、他の本でも読んでいたので、一応知ってはいました。   ただねえ~ 実際はなかなか難しい・・・   一番おもしろいなあ、と思ったのは 「自分の成功するための方法は自分で考えなくてもよい。実は世の中にたくさん落ちている。それに気づくかどうか、だけ」 というもの。   心理学では「カラーバス効果」(Color bath effect)といわれます。 色で説明するのがわかりやすいようなので・・・ 例えば、窓の外の景色を見て一度目を閉じます。 そして「今見た景色の中で赤いものはありましたか?」と聞きます。   この質問の後、目を開けると、窓の外の景色の中で「赤いもの」が目立って見えるようになる、という心理的効果のことです。   ベンツを買う → 「街中で結構ベンツが走っている、と気づく」   → (実際に台数が増えたわけではなく、意識の違い)     歯のホワイトニングをする → 「他の人の歯の色が気になる」   → (これも意識の違い)   どこかの結婚アドバイザーだったと思いましたが、独身女性向けのセミナーで   「自分の理想とする結婚相手のスペックを紙に書いて見やすいところに貼ります。」   「そして、これを毎日声に出して読み上げます。」   「または、毎日この紙を眺めているだけでもいいです。」   という話をしたそうです。   参加者の多くは「たったそれだけ?」と、懐疑的だったそうですが・・・・   これは   「自分の理想としている相手がいたときにすぐに気づくように」   という目的だと思われます。   チャンスが目の前にあっても、ほとんどの人がスルーしてしまうから。 ということです。   「意識していないと気づかない」のです。   // //     また、自分自身への「納得感」というのは、人から教えてもらうよりも、自分で気づいたことのほうが数百倍も説得力があります。   なので、「教えるのが上手い人」というのは「気づかせてくれる人」なんでしょうね。   自分も「何か自分にとっていいもの、いい情報はないか?」という意識があったので、 冒頭の記事に出会えた、気づけたということなんでしょう。   せっかくの「気づいた」チャンスなので、なんとかものにしたいところです。   では。     // //  続きを読む

自分の幸福感が満たされる?「自分へのご褒美」の絶大な効果

主義・主張

「自分へのご褒美」は悪なのか? あなたは「自分へのご褒美」と聞いて、どんなイメージをしますか? 女性が、ちょっと高いものを買うときなどに「これは『自分ヘのご褒美』だから」と言っているのを聞いたことがあると思います。   何か目標を達成したようであればいいでしょう。   しかし、他人から見てそういう雰囲気を全く感じさせない場合には、「自分へのご褒美」=「ただの言い訳」というイメージになってしまいます。     結婚している主婦が、旦那には生活費やお小遣いなどを切り詰めるように言っておきながら、   自分に対しては「家事を頑張ってる『自分へのご褒美』」などと言って、ママ友とちょっと高めの昼食を食べている、◯万円の化粧品を使っている・・・   これも、あまりいいイメージは持たれません。特に、男性側から理解を得られることはないでしょう。   「自分へのご褒美」で幸せになれる イメージが悪くなりがちな「自分へのご褒美」ですが、実は「自分へのご褒美」を正しく使うと「幸せになります」   「幸せになる」というのは「長い時間、幸福感に満たされる事ができる」ということです。   「自分へのご褒美」は「幸福を感じるため」にするものなのです。   人間の幸福感を研究しているオランダの心理学者、ジェーレン・ナウィンという人がいまして、この方が興味深い研究結果を発表しています。   その研究テーマは 「旅行を計画している人は、旅行前から旅行後にかけて、どのように幸福感が変化するか?」 というものです。   旅行に行くためのプロセスを ・計画時(旅行前) ・旅行中 ・旅行後 の3つのパートに分けて、この3つの各段階で幸福感に違いがあるのか?ということを調査しました。   「旅行後」が一番達成感もあり、幸福感が高そうに思われますが・・・   研究で注目したポイントは、「幸福感の高い期間がどのくらい続くのか?」というところ。   幸福感の高さもそうですが、その幸福感の持続期間についても調べたわけです。   結果は、 「旅行後(目的達成後)の幸福感は目的が達成されたあとに、すぐに通常の状態にもどる」 となったそうです。   目的の達成後の幸福感は長くても2週間しか続かないということがわかりました。   では、幸福感が長く続くのはいつかといえば、実は「計画時」(このケースでは旅行前)です。   計画時の幸福感は長いと8週間(2ヶ月)続くそうです。   これは「楽しい未来を想像するとき」「『目的達成に向けて前に進んでいる』と感じているとき」に、幸福感を長く感じているということを意味します。   女性であれば「自分へのご褒美」と意識していなくても、日常生活の中のいろんな場面で「少し先の未来の楽しいことを想像すること」をしているはずです。   例えば、 「服を選ぶとき、この服を着て出かけるところを想像する」 「食材を選ぶとき、美味しそうに食べる子供の顔を想像する」 などです。   // //   正しい「自分へのご褒美」の方法   この心理を応用して幸福感を上げるための正しい「自分へのご褒美」の方法は、以下のようにします。   「ご褒美を旅行にしたとすると、旅行かばんを先に買ってしまう。」 「ダイエットを目的にしたなら、ワンサイズ小さな服を先に買ってしまう。」 などです。   あくまでも「少しだけ」です。   何も達成されないうちから、「自分への先行投資」といって、旅行に出かけたりすると、先程の心理研究の通り、すぐに幸福感がなくなってしまうので逆効果になります。   特に理由もなく「自分へのご褒美」といって、美味しいものを食べたりしてもその時は幸福感がありますが、幸福感が短期間しか持続しないので、「すぐ、次のご褒美」となりやすいのです。   目的によっては、「結果が出るのが1年後」という場合があります。   こういう場合でも、大きな目標を細かく分割すれば、小さな目標がいくつか作れるので、その小さな目標が達成されたときに「自分へのご褒美」をしましょう。   大きな目標があまり先の未来になると、幸福感が続かず挫折のもとになります。   1年に1回の国家試験などでも、 「勉強のパートごとに目標をつくる」 「1ヶ月後には70点とる」 「2ヶ月後には80点とる」 などで、調整しましょう。   「目標に向かって着実に進んでいる状態」ということが「幸福感」を持続させてくれることになります。   よくない例は「ダイエットのご褒美に、スイーツを腹いっぱい食べる」「節約して貯金したのを、散財する」というようなパターンです。   絶対にだめというわけではないですが、頑張って目的を達成したのに、それを意味がないことにしてしまわないか、ちょっとだけ考えましょう。   目的とご褒美をリンクさせる例としては   「英会話学校に通って、1年後には海外旅行する」   「ジョギングを◯日間継続したら、某有名メーカーのちょっとお高めのシューズを買う」   「◯キロ減らしたら、欲しかったあの服を買う」   ということのほうが、自分の幸福感をあげて、持続させつつ目標達成しやすくなるはずです。   「自分へのご褒美」の相乗効果   ある女性の例ですが、目標をたてて達成したときは「自分へのご褒美」として「高級ホテルのレストランで食事する」という設定をしました。   このとき、 「新しい服を買う」 「美容院に行ってセットしてもらう」 「メイクもプロにやってもらう」 ことも一緒にしたそうです。   これを何回か続けていると、レストランに行くための、服装やメイクなどを自分でもいろいろ考えたり、ためしたりするようになり、その女性の雰囲気が変わってきたそうです。   そして、周りからは 「なんかきれいになった」 「すごい幸せそう」 と言われるようになりました。   この女性のケースでいえば   「目標を達成した自分へのご褒美」 → プラスの感情をふくらませる → 次も仕事を頑張ろう → 次のご褒美はこんな服を着ていこう → 髪型メイクをいろいろやってみよう   ということで自分自信の行動、考え方が以前より明らかに前向きになっています。   「自分へのご褒美」は 「幸せに生きること」につながる   「自分へのご褒美」を正しく使えば自分の目標としたことの「さらに先」にある願望を満たすことができます。   例えば、女性の願望のひとつとして「きれいになりたい、見られたい」というのがあります。   さらに深層心理として 「きれいに思われたい」   「きれいに思われることで、他人から大事にされたい」   「きれいに思われることで、他人から愛されたい」   もっといえば   「自分らしさを認めてもらいたい」   「自分らしさを認めてくれる、男性から愛されたい」   「男性から愛されて、幸福感を感じたい」   「幸せになりたい」   「幸せな人生を送りたい」   という人間の本能ともいうべき願望を満たすことにつながるのです。   // //   「自分へのご褒美」の もう一つの効果   実は、「自分へのご褒美」には2つの効果があります。   ひとつは、ここまで説明してきた「プラスの感情をさらにいい方向へもっていくこと」   もうひとつは「マイナスの感情をコントロールすること」です。   「マイナスの感情をコントロールする」というのは、よくいわれる「ストレス発散」「気分転換」のことです。   「ご褒美」というと「いいことをした後にもらえるもの」というイメージですが、   「マイナスの感情をコントロールする」ことも「自分へのご褒美」になります。   この考え方の重要なところは「自己承認することを意識する」こと。   自分を認めてあげるのです。   人間の基本的な欲求として「他人から認められたい」というのがあります。 「仕事頑張った」 「家事頑張った」 「勉強頑張った」 「ダイエット頑張った」   こんなときに誰かに褒めて貰えれば「自分を認めてもらった」という欲求が満たされるのですが、   周りの人間関係その他の理由があって、そういう人がいない場合もあります。   また、特に仕事などでは自分自身の評価と他者からの評価が一致しないことはよくあります。   さらに、他者からの自分への評価が適切でないことが長期間続くと日常生活や仕事のモチベーションが下がる原因にもなります。   家事や仕事など(頑張っても頑張らなくても同じなのでは?)となることがいいとは思えません。   こんなときには、女子マラソン銅メダル有森裕子さんの名セリフ「自分で自分を褒めてあげたい」をうまく使います。   「他者から認められていない」ときの「自分へのご褒美」は自分に対して甘えてるわけではないのです。   自分で自分を認めること、 自分で『私頑張った』と思うこと、 自分を褒めること   これは「(自己)承認欲求」を満たすことによる「自分の心を保護するための一つの方法」なのです。   なにかの原因で自分自身がマイナスの感情になったときに「自分へのご褒美」で、一度気持ちをリセットして「次、がんばろう」となればいいのです。   先程の通り、目標に向かっているとき、未来の楽しい姿を想像する、ということが、幸福感を持続させるのですから。   // //   「非日常」が あなたを幸せにしてくれる   では、具体的な「自分へのご褒美」は何でしょう?   アンケートを見ますと 「Q、あなたの「自分へのご褒美」でしたいことは?」 1位:普段は食べないものを食べる18.6% 2位:休暇をとり、国内もしくは海外旅行へ14.6% 3位:高価な物を買う14.2% 4位:思う存分買い物(大人買い)をする14.1% 5位:ちょっと高級なレストランに行く8.8%   となっています。 (ウーマンエキサイトより)   キーワードは 「非日常」と「高級感」「優越感」「特別感」  です。   「非日常」 「非日常」とは「日常でないもの」。 「日常でないもの」とは、簡単に言うと「普段しないこと」です。 「普段行かない店」 「普段行かない場所」 「普段着ない服」 「普段しないメイク方法」 「普段しない髪型」 「普段会わない人」 「普段見ないジャンルの映画」 「普段読まないジャンルの本」 などです。   また「普段早起きしているけれど昼まで起きない」「化粧しない」というのも「非日常」です。   「これも非日常?」と思いますが、 女子の一人旅のための 「朝寝坊プラン」 「すっぴんでお部屋でお食事」 という広告を出している温泉旅館が実際にあります。   また、普段していることのグレードを上げて「高級感」「優越感」「特別感」 を感じることも「非日常的」なことになります。   「普段より高級な」 「普段より高価な」 ホテル(旅行)、食事、服、化粧品、アクセサリー、などです。   それでは、あなたも幸せを感じるための「自分へのご褒美」をしましょう。   // // 続きを読む

なぜ、美容師は髪を切った直後の自分を笑うのか?

お悩み相談

こんにちは やぐらです。   今回はこちら   e-iroha2.com   karfrw.com   美容室のお話です。   1つ目は、18年間通っていた、床屋さんを変えた話。 2つ目は、美容師側のお悩みで、常連客が来なくなった理由を知りたい。   というものです。   個人的には、床屋、美容室はなかなか定着しませんねえ。   どちらかといえば、床屋・美容院って頻繁に変えるのが当然と思っております。   いつも「敵対心」とか「羞恥心」とか複雑な心理状態になります。   髪を切り終わったときに 「変じゃない」 というのはものすごい「安堵感」を感じます。   「かっこよくなった」 「雰囲気が変わった」 でなくてもいいのです。   「変じゃなければいい」のです。   逆に言うと、髪を切り終わったときにそれだけ「嫌な経験」をしてきたのです。 (多分に主観的なのはお許しを)   自分の生い立ちを説明するくらいの大げさなことになりますが、なぜこういう感情になるのか説明しておきます。   今までの自分の「床屋」「美容室」歴を考えますと、親から離れて自分で店を選べるようになった中学3年生ころから35歳くらいまでは、(現在49歳)   「もう一度行こうと思う美容室(床屋)がとにかくない」   と、思っておりました。   完全に「美容室難民」です。   なぜかといえば 「どの店も『二度と来るか!』と思うから」です。   中学2年のとき、部活の柔道部をやめ、 坊主頭から、普通(?)の髪型にすることになりました。   で、中学生なのでそんなに極端な髪型にするわけではないのですけれど、とにかく「刈り上げ」というスタイルがどうしても嫌でしょうがなかったのです。   いま、思い返せば、髪を切るたびにクラスにいたヤンキーたちがやたら絡んでくるのがうっとうしかった、だけのような気もします。   そこで、自分のイメージする髪型にしてもらうためには、注文の仕方(表現)を変えればいいのかも、ということで当時通っていた床屋さんにいろいろ試してみました。   注文を 「後ろ短め」 「後ろ普通」 「後ろ長め」 の3種類でオーダーしてみました。   しかし、他人から見ると(自分でも)全て同じで、何が違うのかわからない刈り上げが完成しまして、   (これは注文の仕方の問題ではないのかも・・・)   と、思うようになりその床屋さんには二度と行かなくなりました。   もしかしたら、「中学生カット」という定形の「商品(?)」だったのかもしれません。   それからは、中学の同級生が行っている床屋さんを聞いて、何件か行ってみましたが、ほぼ同じ仕上がりにされてしまいます。   一応先程のとおり3回は通ってみて、注文の仕方を試してみましたが、どの店も「まるでテンプレ」としか思えない「刈り上げスタイル」にされてしまうのです。   それでもいやいやながら中学のときは一つの店に最低3回は行っています。     しかし、行くたびに同じ疑問がわいてきます。   「もしかしたら、中学生は注文に関係なく強制的に同じ髪型にされるのか?」 「注文したイメージをうまく伝えられていないだけなのでは?」   しかし、同じ学年に親が美容室をやっているヤンキーがいまして、この人とつるんでいたヤンキーたちは実に多彩でファッショナブルで、   ある意味「あちら側」の方たちに人気の髪型をしていましたので、床屋さんもその気になれば、いろいろできるはずですが・・・   そして、高校1年生のとき、ある床屋さんでまたしても同じ髪型にされたことに嫌気がさして、それから10ヶ月間髪を切らないことにしました。   長さとしては、普通のお坊ちゃまヘアーから放置しましたが、意外と髪は伸びないもんだな~という印象でした。   前髪もあごくらいまでしか伸びませんでした。   それでもプラス20センチくらいなので、伸びる速さとしてはこんなもんでしょうね。   そんなこんなで10ヶ月後、諸事情で、髪を切らなくてはいけなくなったので、   「自分のイメージ通りにするには?」   と、考えた結果「ヘアカタログ雑誌の切り抜きを持っていこう」となりました。   そして、田舎のメイン通りの初見の某床屋さんに行き「こういうふうにしてください」と頼んでみました。   その数分後に「はい、できました~」という鏡に映る自分の姿は、いつもの見慣れた某髪型が映っていました。   「・・・」   直接お店の人には言いませんが、このときのがっかり感は半端ではなくて、さすがに納得がいかず、   ヘアカタログの切り抜きを親やクラスの男女問わず10人以上に見せて、感想を聞いてみましたが、   「カタログ関係なくね?」   と全員から1文字も違わず同じ返事をいただいたのでした。   その後、ある女子から「美容室に行けば?」とありがたいアドバイスを頂いて、(男は行っちゃいけないと思っていた)その1件から高校卒業までの約2年間は家の近所の美容院で落ち着きました。   ここの美容室は女性の方に切ってもらっていましたが、特に記憶に残るようなトラウマ的な出来事はなく、今の所、人生史上、最も長期で同じ店に通った「美容室」となっております。   // // その後、高校を卒業しまして、東京に住むことになりました。   履歴書の写真用に髪を切ることになりまして、行きつけとか当然ないので、自分の最寄り駅の美容室に入りました。   (床屋に対するトラウマのため、床屋さんは考慮外)   切ってくれた美容師さんは男性の方でした。   会話もそこそこあって、自分の床屋に対するトラウマ的なことも、かるーく説明しつつ(美容室は細かく希望通りにしてくれるんだな~)と、思っていたころに事件が発生しました。   美容師「もみあげはどうします?」 やぐら「ビンカットで」 美「え?」 や「ビ、ビンカットで・・・」 美「すいません。ビンカットってなんですか?」 や「あ、いや・・・短めで」 美「あ、はい。」 や「・・・」 美「すいません。ビンカットって言葉、初めて聞いたので・・・」 や「(!)」   このとき、その場にいた別の美容室のスタッフの「ぷー。くすくす」という声を聞いてしまいました。   (美容室に笑いをとりに行ってるわけではないのだ)   その後は、とにかく恥ずかしい思いでいっぱいになってしまって、その美容室は技術的には問題ないのですが、2度と行かなくなりました。   これが東京時代の「美容室難民」のスタートとなります。   いま思うと、田舎の純朴な青年が「都会の洗礼」を受けた瞬間でもあったわけです。   この接客的なことは、今後どの美容室でも悩まされることになります。   ちなみに「ビンカット」という言葉(ヘアスタイル?)は、「もみあげを短くする」という意味で使っていましたが、   今 google 検索しても詳細な説明は、ほとんどなくてうちの田舎出身と思われる方たちの twitter や、yahoo知恵袋の質問に少し出てくる程度です。   もしかしたら、うちの中学校時代のごく一部のヤンキーたちが使っていた言葉なのかもしれません。   // //   その後は、いくつかの美容室に行きましたが、東京に11年いて「2度以上行く店」というのは2件しかありませんでした。   そのうちの1件は、引っ越し先のマンションの近所に新しくできた美容室で40代くらいの女性が一人でやっているようでした。   その時は仕事が平日休みだったので、特に混雑していない時間帯を狙って店にいってました。   (とにかく一生懸命やってる) という印象が割と長く続いたお店でしたね。   このお店は、新たに引っ越したため通えなくなってしまいましたが、自分にとって唯一の「いい印象のままの店」です。   そして、もう1件。   ここのお店は、東京の「美容室の激戦区」といえる立地にありまして、某有名男子アイドルの行きつけのお店、ということを聞いていました。   自分が働いていた某コンビニの近くにありまして、美容室のスタッフの方たちもよく自分の店に買い物に来てくれていました。   自分がこのお店に通うきっかけになったのは、こちらの店の人間がその美容室に何人か通うようになったことで、「ぜひ、やぐらさんも」と、誘われたからでした。   しかし、何度が通ううちに見えてきたものは・・・   ここのお店の自分に対する対応は「美容室に対する不満」というものの典型のような気がします。   (お店全体の評価はわかりませんが、自分がこのような印象を受けたのは事実)   ここの美容室で感じたことを、いま改めて振り返ると「美容室には人間心理の全て」が、あるように思います。   参考までに、当時のこの美容室の代金は カット 6000円 パーマ 10000円 でした。   基本予約制のようでしたが、自分が予約なしで行っても、とりあえず断られることはなく(多少待つことはあり)スタッフは、店長以外は全員自分の顔を知っている、という状態です。   1回目は、髪(頭)のカルテを作るので、いろいろ簡単なチェックを受けて、(髪質、髪の生え方の特徴とか)自分の希望を伝えて、カットをしてもらいました。   これは、特に記憶が残ってないので、別段問題はなかったように思います。   それで、何回か通ううちにいろいろ事件がおこりました。   まず、ハサミが完全に耳たぶに入ってしまったこと。 (痛っ・・・) と思ったのですが、血も流れず傷にもなっていないようでしたので、黙っていました。   確認はしていませんが、美容師さんも気づいていたはずです。   また別のときに、「短い髪型にしてみたい」と、希望を出しましたら、   「やぐらさんの髪の生え方はちょっと変わってまして」 「普通は毛根が下向きなんですけど」 「やぐらさんの毛根が皮膚に対して垂直になっているので」   「髪が立ちやすい、というのはそのせいもあるんです」 「短くすると髪が立ってしまうので」 「自然と髪が下向きになるくらいの長さにしましょうか?」   なるほど~、と細かい指摘に安心して「では、お願いします」と言った数分後・・・・   見事な「うに頭」になりました。   自分の髪質の場合、中途半端に短いと全て立ってしまうので、セットに手間がかかって正直めんどくさいのです。   髪を切ってる途中で(切りすぎでは?)とは思ってはいたのですが、 プロがちゃんとしてくれるだろうという期待は、どこかに行ってしまいました。   そして、完成したときスタッフ全員の「ぷー、くすくす」が、はっきりと聞こえてきました。   「・・・」   (たびたび同じことを言いますが、自分は美容室に笑いをとりに行ってるわけではない)   その後、その日その美容室でどんな会話をしたのか全く覚えてません。 なんともいえない思いがよぎった、これだけですね。   そして次の日、さらに追い打ちをかけられます。   そこの美容室はインターンの子が、お使いをしにくるのですが、あるインターンの子がいつものとおり自分の店に買い出しに来ました。   女の子「あれ、やぐらさん、髪切ったんですか?」 やぐら「うん・・・」   女の子「なんか変な髪型ですね」 女の子「うちの店に来てくださいよ」 や「うん・・・」   (その女の子は、自分が髪を切った日、美容室にいなかったので、休みだったと思われる)   女性に対して「殺意」が芽生えそうになったのはこのときくらいです。   世の中「言ってはいけないこと」というのもがいくつか存在するはずです。   間違いなくこの発言はアウトです。   そして、思い出してみると頭を洗うときに「やぐらさん重いから上がんないんですよね~」と言われたこともあります。   (当時、体重は約100キロ)   椅子の高さを調整するペダルを踏むのになんか大変らしいのだとか。     このことを言われたのは、この美容室に通い初めて最初のころでしたが、顔なじみだから、多少フレンドリーに、ということだったんだと思います。   ただ、言われた側の受け取りようによっては、大変なことになりそうです。   この女の子に「髪型」のことを言われてたことで(この店はやめよう・・・)と、思いました。   かっこよくない、と自覚がある人間に、見た目のことをいじるのはどうなんですかね。   仲間内ならまだしも、「美容師が髪型を『ちゃかす』」わけですからね。   (考えすぎなのかも)   しかし一応、ここの美容室のスタッフが自分の店に買い物に来てくれているので(自分の店に来てないのに髪が切ってある)と、相手に思われるのも得策ではないような気がしたので、   ホントはいやだったのですが、何回かはその美容室に通って、自分が職場のコンビニをやめてからは、完全にいかなくなりました。   異論を承知でいいますと 「美容室は、値段が高いからといっても自分にとっていいとは限らない」 「美容師が、客のスペックを越えるわけではない」 のです。   超腕利きの美容師が私やぐらをキムタクや福山雅治にしてくれることはないのです。   その後、自分は田舎に帰りましたが、こちらでは、カット1500円のところ(床屋)で落ち着いております。   通う理由は安いから、というただ一点です。   期待感と値段のバランスがちょうどいいです。   もしかしたら、探せばいい美容室があるのかもしれません。   // //   そこで、せっかくなのでこの記事を書くにあたりいろいろ考えてみました。   美容室で起こる出来事はどうしてこんなに根に持つ感じになるのか? (自分だけかも)   実は美容室は 「コンプレックスを再認識させられるところ」 ないのではないかと思ってきました。   ある女性は、 「鏡に映ってる自分を見るのがつらい」 と思うらしいです。   (精神的に病んでいるわけではなく、自分の容姿に絶対の自信があるわけではない、自分の現在の現実がそのまま映るから、くらいの意味でしょう)   自分の例で言うと「髪を洗うときに『重く感じる』」というのは、(自分が太ってる)というコンプレックスを直撃しているわけです。 髪とは直接関係ないんですけどね。   (とりあえずはフレンドリーに接したいと思ったのだろう、と信じたい)   例えば、女の子が 「『石原さとみ』みたいにしてください」 というオーダーをしてきたら 「えっ、その顔で・・・」 とか死んでも言ってはいけないのは当然のこと。   空気感としても態度にも、絶対に出してはダメなのであります。   美容師側から 「こういう髪型にしてはいかがですか?」 というのも 受け取り方によっては、客のコンプレックスを刺激しているのかもしれません。   自分では思っていなかったけれど、他人はこういうふうに思っているのか?   と悪い方に考える人はいそうです。   美容師の営業トークが 「クセが強いですね」 「だいぶ傷んじゃってますね」 「白髪多いですね~」 だとしても   客側がひたすら嫌味な方に受け取ると →(くせ毛じゃ悪いのか) →(普段何もしてないわけじゃないのに) →(ええ、老けてますが) となってしまいます。   男性はそうでもないのでしょうけれど、女性は髪を揃えるくらい切るだけにしても、イメチェンと言われるくらいに変えるにしても 「きれいになる、という少し先の未来」 を期待、想像して美容室に来ていると思われます。   この 「少し先の未来に起こりそうな、楽しいことを想像すること」 というのは、 「人間が最も幸福感を感じるとき」 「人間がものを買う理由」 と言われていますので、   これが、期待通りにいかなかったときというのは、感情が思い切り反対側に行く可能性は十分高いです。   「この美容室2度と行かない」というのをよく聞きます。   おそらく客側の 「期待感」 「コンプレックス」 などの扱いを 美容師側が間違えた、のではないかと考えられます。   // //   そして、 いろんな美容室の中からせっかく常連になってもそのうち常連が離れていく理由には「客側と美容師側の『心理的ミスマッチ』」が、起こっている、と思われます。   冒頭の 1つ目の記事にも 2つ目の記事にもありますが 「結局、客は『美容室(床屋)』に何しに行くのか?」 というのが、店側と客側に明確なズレが有るのがわかると思います。   1つ目の記事は、 「(客が)落ちつける空間を求めに」 2つ目の記事は 「(店側は)結局、客は髪を切りにきている、と思っている」 と書いてあります。   「常連になったと思ったら、美容師の対応が悪くなる」 自分もこの意見には激しく同意します。   「常連になったら店側のわがままを受け入れてほしい、みたいな態度をされた」 「店のミスで予約が他の人とかぶったときに新規客を優先された」   美容師(店)側の勘違いが見えてきます。   それは 「一度築いた人間関係は永遠に続く」 「客は髪を切るという行為を評価してこの店に来ているはず」 と思っているようです。     ちょっと考えればわかります。 世の中、求めるものは人それぞれです。     夫婦も相当数離婚していますし、 「社長のもとで一生働きます。一生ついていきます」 といいつつ真っ先に逃げる人はいっぱいいます。   人間関係は、「維持する努力」というものをしないとすぐダメになります。     下請けが仕事がなくなると思って我慢して元請けに従っている、という人間関係ではないのです。   いやならすぐ「次の店」にいけばいいですからね。   長々と書きましたが、本当のことを言えば、「自分の理想を実現してくれる美容師」を、探しています。   ほんとにいませんからね。   いやもっと低いレベルで要求しますと「自分が客として行ったときに笑わないでもらいたい」のです。   かっこよくしてほしい、のではないのです。 笑わないでもらいたい、のです。   ないものねだりのようですが本当です。 どなたかご紹介いただければ幸いです。   自分みたいなものでも「未来に対する多少の期待感」や「髪型を変えればほんの少しでもかっこよくなれるのかも」という淡い思いは正直ちょっとはありますので、それを満たしてくれませんか・・・   今回は以上です。   では。     // //  続きを読む

あなたにとって「やりたくないけど、仕方なくやっていること」は何ですか?

心理学

こんにちは やぐらです。   今回のテーマは 「やりたくないこと」 です。   一番シンプルな考え方は 「やりたくないこと」があったら(発生したら) 「やらなければいい」のです。 言うだけならとっても簡単。   しかし、生きていくためにはそうも言っていられない場面はたくさんあります。 まず、   「やりたくない」のは、なぜでしょうか?   「面倒くさい」 「お金がかかる」 「時間が取れない」 「効果がない」 「はずかしい」 ・・・   やりたくない理由は、個人個人の属性や、生活の場面において、いろんなことが考えられます。   「やりたくないけど、仕方なくやっていること」 を上記の例で表現すると、   ・「面倒くさい」  けど、仕方なくやっている ・「お金がかかる」 けど、仕方なくやっている ・「時間が取れない」けど、仕方なくやっている ・「効果がない」  けど、仕方なくやっている ・「はずかしい」  けど、仕方なくやっている   こういうふうになります。   では、具体的に 「面倒くさい」  けど、仕方なくやっていること とは何か? と聞かれれば、   これは、先程と同じように個人個人によって違います。   「部屋の掃除」 を例にすると、 「日常の家事に追われてる主婦」 と 「彼氏が自分の部屋に遊びに来ることになった ひとり暮らしの独身女性」 だと   「部屋の掃除」 に対する考え方、取りうる行動、手抜きするかどうか 「やりたくない」の度合い とか、 色んな要素が微妙に違ってくると思います。   「部屋がきれいになったことで、起こりそうな未来」 は、特に違いますかね (各自、自由にイメージしてください)   // // こんなことをいろいろ考えていました。 ただ、さすがにすべての物事、あらゆる個人の属性について考えるのは無理なので、気になったものを挙げてみます。   自分として、一番違和感があったのは、 「仕事」 についてです。   特に 「女性」×「仕事」 になると、なかなか理解しにくいところですねえ。   自分が男性だからかもしれませんが、 個人的には違和感がすごい、 という場面がたまにあります。   女性の社会進出とか言われてだいぶ日にちが経ちますので 女性もバリバリ働きたい のかと思っていましたが 実は少数派の考えなのでは? という違和感です。   この「仕事」で例文を作ると 「仕事はやりたくないけど、仕方なくやっている」 となります。   もちろん 「仕事をやりたくない」 と、思っていたとしても 人それぞれ、いろいろな経験、生活の事情があるので (他人に迷惑をかけない限り) 個人的な感情そのものを否定するつもりはないです。   そこで 自分の「違和感」を いままで出会った人の実例で説明します。   とにかく 「仕事したくない」という思いのレベルが違う のです。   仕事はしたくないけれど お金は欲しい でも、給料がアップするほど頑張りたくもない 首にならないギリギリのところまで何もしたくない   プレッシャーがかからない場面 (上司や口うるさい人がいない場合) では、あえて仕事しない (あえてね)   こんなところです。   おそらくですが 「仕事しなくても、もらえるギリギリの給料で、この会社に長くいたい」 とでも考えないと、行動の整合性がとれません。   「仕方なく」 が、普通の人と明らかに違います。   // // さて、 例文をおさらいしますと 「仕事はやりたくないけど、仕方なくやっている」 です。   一般的な感覚だと 「働くのは何のため」 と聞かれれば、 「生活費を稼ぐため」 というのがメインになるはずです。   特に既婚女性であれば、 「専業主婦」 という選択肢があるので、 世帯として収入があるのであれば、 金銭的には無理に働かなくてもいいのでは? と、思うことがあります。   仮に世帯収入がある程度あっても 「貯金したい」 「家買いたい」 「旅行したい」 と、 「稼ぎたい理由」 が、あるのであれば、   「仕事したくない」 と思わないような気もしますし、   もしそう思っても 「仕事は仕事」 と割り切れるのではないかと思います。   ちょっと角度を変えた言い方をすると 仕事したくないのは 「やりたかった職種ではない」 「人間関係がいやだ」 あたり。   この場合は、 「やりたい職種で仕事したい」 「人間関係のいい会社で仕事したい」 という可能性もあるので 「仕事したくない」 のではないときもあります。   個人的な主観はこんなところですが、 それに全く合致しない人がたまにいます。   ある主婦は、1日中 「うちの息子は大学の医学部に合格した」 と、言い続けて、上司から 「わかったからいい加減仕事しろ」 と怒られていましたし、   ある職場では 自主的に仕事しようとしない主婦が 自主的に仕事しようとしないおじさんとくっついて 自主的に仕事しようとしない「50代カップル」が完成 したこともありました。   (この50代カップルは仕事の引き継ぎで、 なにかやらかしたらしく、 若手の従業員からはとにかくいやがられて、 その後配置転換されて、 自分の見える範囲からはいなくなった)   大人ですから 「仕方なくてもやらなくてはいけないこと」 かどうかの判断はできますよね?   (実際には、まずできない)   「仕方なくてもやらなくてはいけないこと」 でも 「やりたくないからやらない」 のです。   いままでの経験もありますが こんなことを再び考えるようになった記事がこちら。   minnkane.com   女性で仕事したくないと思ってる人は結構多い という記事です。   女性にとっていろんな環境や条件があるので、 先程書いたように、 「仕事したいけれど、自分の理想の条件がない」 「なので、いろいろ仕方がない」 という考え方なら、まあわかります。   「やる気はあるけど、いろんな条件がねえ~」 だと思っていましたが 「心の底から働きたくない」 レベルのようです   ただ、実際に遭遇したことがありますが 「心の底から仕事したくない」 と、思っている女性の行動パターンは それはひどいもんです。   (誤解のないように申し上げますが、男性にも相当数いる)   仕事したくないなら、働かなければいいと思うのですが、 普通は、自分の意思で面接に来て、 採用されて会社に所属しているわけで、   道を歩いていてスカウトされた、 強制労働させられた   のではないはずです。   それでも、会社に来て頑なに仕事しようとしない人がいます。 (これも老若男女問わず) この辺は理解不能です。   いい意味では 特に女性の場合、能力がある人でも仕事に執着しない人がいます。   あくまでもイメージですが、 自分が社長だと仮定して、 有能な女性社員がいたとして、 で、どうもその女性社員が仕事をやめたがっている となったとします。   (仕事がいやで、とかではなくその女性社員の人生観として)   やめてもらうと会社にとって損害なので、 なんとかその女性社員に退社するのを踏みとどまってもらいたいとします。   人生観をひっくり返すのは、なかなか難しいので、 なんと言って説得、お願いするのがベストでしょうか?   極端な例ですが、 「産休、育児休暇は5年くらいとってもいい」 「自宅で1日3時間くらいの仕事ができるようにする」 「給料面では可能な限り希望通りにする」 労働条件面ではこんなところでしょうか?   しかし、会社として、その女性社員の人生観 (その女性社員が 「自分にとっての幸せはこんなこと」 と思っていること) を満たしてあげなければ、難しいですかね~   その女性社員自身が前向きな感じですから・・・   会社として「個人の人生観を満たす」というのは、 ある意味矛盾する部分もありますからねえ (例として、会社が潰れるほどの人件費は出せない)   自分も含めてですが、 「やりたくないけど、仕方なくやっていること」 と、その理由を一度ゆっくり考えてみてもいいかもしれません。   なぜ、仕方なくやっているのか? というところは、自分の深層心理があったりしますよ   「やりたいこと」 は、物質的なものがメインになり 「やりたくないこと」 は、精神的なことがメインになる と言われています。   今回はこんなところで。 では // // 続きを読む

あなたは「仕事と恋愛の両立」は、できていますか?

主義・主張

  「恋愛と仕事」   心理学のことをときどき記事にしていますが 広く「人間関係」をテーマにしてきました。   なので たまには「恋愛関係」を取り上げてみます。     社会人になってから 職場の人間関係とか、他人の恋愛話とかに 巻き込まれてきまして (あくまでも自分の主観) 「どうすれば平穏に仕事ができるのか?」 ということをずいぶん長く考えてきました。   女性心理といいますか、 女性の恋愛感情は正直よくわからないです。   特によくわからないのが 「仕事と恋愛の両立」 というところですね。 特に社内恋愛は関係ない人にも迷惑がかかりますからねえ。   今の職場のシングルマザーの人 (バツ1、子2人、以下『Aさん』) との最近した会話   やぐら「Aさんは、なんかもったいないよねえ」 A「なにがですか?」 や「そんなに一生懸命働けるんなら、もっと違う稼げる仕事すればいいのに」 A「それって褒めてます?」 や「べた褒めですよ」 A「でも、そうそう仕事ないですよね」 や「そうなんだけどねえ」 (地方都市なので仕事はほんとにない) や「女の人で一生懸命仕事する人って意外といないからねえ」 A「そうですか?」 A「とりあえず、褒めてくれるのはうれしいです」   という、会話がありました。   いちおうお断りしておきますが 女性全体に対する偏見ではなく そういう人が自分の周りに多く居て 「?」 と思うような仕事中の態度を たくさんとられてきた、 という経験上の話です。   いままで居た女性で ショックが大きかったのは 「どんなに一生懸命仕事を教えても 男が絡むと一発でふっとぶ」 ということ   相手の男性が仕事と恋愛の区別ができない人 (というか、そもそも仕事をあまりしない人) だったときは、 100%女性のほうが引きずられるような気がします (仕事できる女性でも仕事しなくなる)   仕事中でもいちゃついて 職場全体が激怒していた というのも何回かありました。   ある職場では 女性のほうが、なにかをやらかして退職。 強制か、自主的かは不明ですが、 かなり上の役職の人がぶち切れたという噂です。   管理職としては、 そういう状況(不倫じゃねーの?) だというのは把握していたようで プライベートにおさまらず 仕事上で重大な迷惑をかけていたらしくて もともと相当嫌われていた様子。   男のほうは他人と絡まないような部署へ異動。 という結末でした。 (女性はパート、男性は正社員)   男性正社員のほうは、 奥さんが白血病で入院しているにもかかわらず 不倫していたことになり そのことがばれてからは ほとんどの人がドン引きしてしまい だれからもフォローされなかった という話です。   別の職場では、 男性社員にのめりこんでしまった あるパートのおばちゃん (30代、付き合ってる当時は既婚) がいまして 他の仲のいいパートのおばちゃんたちの 忠告をぶっちぎって付き合っていたようです。   ただ、そのパートのおばちゃんが その男性社員と付き合ってる期間は仕事もテキトーで、 仲間内でもかなりの顰蹙をかっていました。   結局その男性社員が別の女性と結婚することになり、 その男性社員が転勤で居なくなってしまってからは そのパートのおばちゃんは、 職場で誰も口をきいてくれないようになりました。   そのパートの人は、離婚して その男性社員と結婚するつもりでいたようですが 単に離婚しただけで終わった模様。 (これも女性はパート、男性は正社員)   や「という人もいたからねえ」 や「仕事と男と両方うまくできないのかなあ?」 A「そういう人いますよねえ」 A「だいたい男とりますよ」   他の人にも聞いてみたことがありますが、 「そういう女の人は昔いた」 ということでした。 職場に何十人か居れば一人くらいはいますね・・・   あくまでも自分の経験のみでいえば 10代の女子高校生のバイトから 50代の既婚のパートのおばちゃんまで 「恋する女子」 になると、どうもねえ・・・     まず 「社内恋愛の大前提」 です。   「周りに対する印象の与え方」は、 「ばれないようにする」というのが基本だと思うんですが 最悪な考え方をしてる人も実際いました。   「うちらはうちらで楽しくやってるんだから 仕事はまわしてこないでね」   これは、50代女子(既婚)に 自分が実際に言われたせりふです。   いちゃついている相手は、旦那ではありません。   「別に嫌われてもかまわない」 という考え方をする人が一番やっかいなように思います。   このときは、さすがに頭にきて いろいろとっちめてやりましたが(以下自粛) ちょっとやりすぎではないかということで 自分が会社を追われてしまいました(以下2回目の自粛)   自分が正しいのか その女性が正しいのかは あなたの判断にお任せします。   そんな感じなので いちおう世間一般の声も拾っておきます。   例え以前は仕事に定評があったとしても、仕事と恋愛を両立できなくなった時点で信用はガタ落ち、二度と信頼されることはないかもしれません。恋愛ももちろん人生の中では重要ですが、常に最優先事項にするべきことなのか、大人の女性としてよく自分で考えて行動してみてくださいね。 (ウーマンエキサイトより引用)   ■仕事と恋愛、どちらを大切にしていますか?仕事 39人(38.6%)恋愛 62人(61.4%) (マイナビより引用)   会社は人を好きになる場所でもある (社内恋愛の教科書より引用)   「仕事と恋愛の両立」はできれば理想的ですが どちらかといえば 「恋愛」 のほうが優先なんですかねえ・・・   ということは 「仕事は仕事」 「恋愛は恋愛」 という 「ツンデレ体質」 な自分みたいなのは 実は間違ってるのかも?   なんか 「仕事と社内恋愛の両立」 「仕事と社内不倫の両立」 をごっちゃにしてたっぽい?   人間心理はもっと勉強が必要ですね では。     (参考サイト) こちらから引用させていただきました   woman.excite.co.jp     play.google.com  続きを読む

男でよかった。女子の人間関係めんどくさすぎ・・・・

人間関係

「女子の人間関係」がもたらす負のパワーのすごさ     こんにちは、やぐらです。   今日朝、職場に出勤しましたら、 「Zさんが会社辞めると言って、帰っちゃった。」 と言われました。   そのおかげで、自分が急遽Zさんの担当の仕事をやることになりました。 この担当にはZさんと仲の悪かったXさんがいます。 会社的にはXさんが絶対的に優遇されていて、Zさんから何度か不満を直接聞いていました。 (X、Zさん共に50代既婚女性、パートで正社員ではない)   ちなみにXさんは、人の好き嫌いが激しい人でして、入社以来自分とは、会話どころか、仕事の連絡事項も挨拶もしない、という人です。 (20代男性が居たときは、デレデレになっていた)   第3者的な見方をすれば、人間関係が悪いせいで、とにかく作業効率が悪かったので、 (自分の仕事が終わっても、お互い他の人の分は絶対に手伝わない) XさんもZさんも正直「いらない人」では、ありましたが、その辺は管理職がどうにかすればいいし、自分は基本的には違う仕事をしているので、「関わらなければいいや」と思ってました。   管理職のほうは、自分にZさんの代わりをしてもらいたいようでしたが、自分は 「3人分の仕事をひとりでしてもいいけど、 Xさんはかんべんしてほしい。」 とだけ伝えておきました。   どう判断するかは管理職にお任せします。   今の自分の担当のところの女性たちから 「やぐらさんはこのままこの担当にいてほしい」 といわれているので、根が単純な自分としては、担当替えは 避けたいところです。 必要とされているというのは、大事なことです。 (表面上だけだったとしても気分はいいですよね)   今回の件は言い方は悪いのですが、 50代にもなって、人間関係が限界に来て、急遽今日仕事やめます、というのはどう考えてもやってはいけません。 逆に、誰かが当日に急に仕事を辞めるほどに周りが追い込んでしまうのもどうなんでしょう。 (どうしてもだめな人ならば、解雇するとか、契約更新しないとかあるはず)   今日急にそこまで追い込まれていたわけではないので、それまでにどうにかならなかったのか? とも思います。   そこで、職場の他の女性たちに話をしてくれる範囲で聞いたところ、Zさんの評判は決してよくなく、 Zさんの後から入社した人は、 Zさんから、 少なからずいやみをいわれたり、 仕事上問題のないことでも文句をつけられたりとか、 Zさんは結構めんどくさい人のようでした。   推測でしかないのですが、 おそらくZさんは 自分の意見を聞いてくれない、 がんばっても認めてもらえない、 というところから、なにか心理的なところで、 こじれてしまった、 ひれくれてしまった、 のではないか、と思われます。   存在を認めてもらえないのは、精神的に相当なダメージをためていくんですね どちらが先だから悪い、 ではなく、いやがらせのやりあいになってしまうとどちらも悪いです。 無関係のひとに迷惑を掛けてはいけません。   また 今回の件ですごいなあ~と思ったのは、 女性は腹の中では大嫌いな人でも、表面上全くそういうことを見せずにいることです。 特に若い女性、入社が後の女性たちですね。 社会生活上当たり前といえば、当たり前ですが、自分なんかは無理ですね。 顔を見るとすぐわかる、といわれます。 (なので、管理職、先輩からの受けは悪いです・・)   人それぞれいろんな事情がありますけれど、みなさん仲良くしましょうね。 個人感情は仕事には持ち込まないように・・・ まあ、難しいですけどね では。続きを読む

みんなが幸せになる「40歳からの明るい社内不倫」のすすめ

人間関係

  社内恋愛と社内不倫のお話   自分が当事者になることは「ほぼ」ないので 基本的に他人のお話です。   最近、職場のシングルマザーのAさん(38歳。子2名)と会話してましたら、社内恋愛の話になりました。   自分はどちらかといえば「社内恋愛」「社内不倫」には否定的な方です。 社内恋愛関係そのものを否定しているつもりはないのですが、 恋愛、仕事、家庭の区別ができなくて、 まわりに迷惑を掛ける、 仕事で誰かに負担を掛けている、 夫、父親、妻、母親の立場を放棄する、 こうなるのなら「社内恋愛」「社内不倫」は、やめなさい、 ということです。   ここ最近一番カチンときた社内恋愛はこんな感じ。   とある職場にいたとき、ある社内恋愛カップルがいまして、仕事そっちのけでいちゃついておりました。   たしか、男35歳、女21歳のカップルだったと思います。   そのカップルはそれぞれ別の仕事を担当していましたが、気が付くといつの間にか一緒にいる。 担当が違うので休憩時間も微妙に違うはずなのですが、なぜか一緒に休憩していたりします。   どちらかと言うと、男のほうが入れ込んでるっぽくて、男の担当のところにいなくて、彼女の仕事をいつの間にか手伝っていたり、休憩時間を守らなかったり、ルールを破ってるのは、主に男のほうでした。   で、本題は、 というと、それを日ごろ見ている同じ職場内の女性たちの言動、反応みたいなことです。   自分はおもしろ半分に 「実際、あんなにいちゃつくのはどう思う?」 と、同じフロアにいる女性たちに聞いて見ましたが、肯定、否定いろいろです。   肯定派は 「若いんだからいいんじゃない」 否定派は 「仕事は仕事」 「わたしだったら、社内恋愛は絶対バレないようにする」   まあ、ここまではいいです。 「個人的見解は自由」というしかありません。   否定派の中には、いちゃついている女性の人格まで攻撃するような、女性もいました。 気持ちはわかるのですが、その女性の言うことになんとなく違和感を覚えたので聞いてみました。   「でも、女として仕事そっちのけであそこまで男に愛されたいと思うでしょ?」   人格否定してた女性から返ってきた答えは 「そりゃ、愛されたいけどさあ~」 でした。   同じことを、肯定派の人たちに聞いてみると、 「そうかな~」 「ひとそれぞれでいいんじゃない」 という感じで、少しトーンが弱いのです。   結局、思うことは人それぞれなのかな~ で、落ち着きそうでしたが・・・   しばらくして、人格否定してた女性に変化が見られます。 今度はその人格否定してた女性が社内でいちゃつきだしたのです。 最初のカップルは女性が21歳だったので、なんとなくまわりも 「しょうがねえなあ」 で、すましていましたが、   この人格否定していた女性は50代で結婚もしているのに、 (旦那は社外の人) みんなの許容範囲をはるかに超えるいちゃつき方でした。   大げさではなく、 「あの21歳女性のカップルよりも、100倍ひどい」 ということになり、   職場は24時間体制なので、担当の時間が終われば引継ぎがあるのですが、その50代女性がいちゃついていた後は 「ホントに仕事を何もやってない、と同じレベル」 だったそうで、他の人からのクレームがあまりに多くなったので、その50代の女性は担当をはずされ、ひとり黙々と作業する部署に飛ばされていきました。   どういうつもりだったのか、本人に直接聞いてないので推測でしかないのですが、 「実は、社内恋愛している女性が強烈にうらやましかった」 これしか考えられません。   人づてに聞いた話では、いちゃつきだしてからは、最初の21歳女性のことを攻撃することはなくなり、肯定派であるかのような発言ばっかりになっていたようで、 これでは 「他人に厳しく、自分に甘い」 というしかありません。   この一件で自分が勉強になったことは、 「結婚していても、年齢がいくつでも、きっかけさえあれば、いつでも女性は女子になる」 ということでした。   「愛されたいけどさあ~」 は、ちょっとだけ本音が顔を出した、のかも。   「その人の言動と行動が食い違うときは、行動の方を信用せよ」 「言動はうそをつくが、行動はうそをつけない」 こんなところですかね。     Aさんに 「こんな人いて大変だったよー」 と上記の話をしました。   Aさんは 「周りに迷惑かけたり、ばれたりするようなのはダメですよね」 というお答え。   (ちょっと模範解答すぎないか?) ということで聞いてみました。   やぐら「Aさんっていままで不倫したことあるの?」 A「いきなりすごいこと聞きますね」 や「Aさんて社内でも結構人気あるって誰かが言ってたよ」 A「自分でいうのもあれですけど」 A「わたし、結構男受けはいいですよ」 や「自分で言うんだw」 A「いままでこの職場で『不倫してる?』とか聞かれたことないですよ」 A「直球ですね」 や「そう?ど真ん中に直球しか投げないからね」   少し間があいてから A「直球で聞かれたから、言いますけど」 や「はい。」 A「私いま、○○マネージャーと不倫してますよ」 や「!?」   ど真ん中の直球は、軽々場外ホームランされてしまいました。 A「絶対言わないでくださいね」 や「はーい」   自分は職場内の人間関係にクビを突っ込むようなことを全くしないので、誰と誰が付き合ってるとか、何にも情報が入ってきません。 7年間ある職場にいたとき、仕事するときにほぼ毎回顔を合わせてる人でも、顔と名前が最後まで一致しない職場があったくらいなので、   (顔は知ってる、名前も聞いたことがある でも、顔と名前がリンクしない、という状態。 これは、単に自分が覚えようとしないため)   Aさんの話を聞いても (○○マネージャーってどの人?) というくらいなので、 自分が誰かに言うとかはないでしょう。(たぶん)   Aさんは仕事は前向きにやってる人ですし、 このAさんの不倫の話を自分が全く知らなかった、という時点で 言い方はアレですが、自分の個人的見解は 「いい社内不倫(?)」 のような気もします。   (もちろん個人で責任をとれれば、という前提) (社内の女子間では、絶対バレてると思うのですが・・・)   や「とにかく子供の前で、親の立場をすてなければいいんじゃないの」 A「そうですよね」 や「彼氏の前だけ『女』になればいいのに、 職場でも『女』 家庭でも『女』 子供の前でも『女』 っていう人いるからねえ」 A「子供の前ではしっかりした母親でいたいんですけどねえ」   このときの会話はこんな感じでした。 男女が一定数集まるといろんなことがおきますが、他人に迷惑を掛けないのは大前提です。 状況が変わると、言うことも態度も180度変える人を何人も見てきました。   特に自分に甘い人の、「態度が変わるパターン」として   恋愛前「社内恋愛よくない。仕事しろ。こちらに迷惑掛けるな」 恋愛後「自分は社内恋愛している。××さんが仕事しなくてもOKなんだから、私もいいはず」 これは、ある女性が実際に言っていたことです。 基準が「自分のこと」しかありません   恋愛前は自分と世間話を気軽にしてた女性でも、恋愛後には自分にあいさつもしないとか・・・。 先ほどの自分が「社内恋愛、社内不倫否定派」な理由はこれが大きいです。   「彼氏以外と世間話、仕事の話」 + 「彼氏とラブラブ」 なら、まだわかりますが 「彼氏以外あいさつすら拒否、仕事も拒否」 + 「彼氏とラブラブ」 くらい極端な人も結構いました。     せっかく恋愛するのなら、周りから祝福されるくらいになりましょう。 社内恋愛が破綻したあと、悲惨な目にあってる女性もたくさん見ましたからねえ。   今回はここまで では    続きを読む