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ブラック企業に入社してしまうプロセスを考えてみた。

こんにちは やぐらです。

 

今回はこちら

 

zanreko.com

 

 

ブラック企業のお話です。

 

この「残業証拠レコーダー」という名前は、サイトの名称だけなのかと思いましたら、そういう「アプリ」があるんですね。

 

俗にいう「未払い賃金」の証拠をとっておこう、というものです。

「未払い賃金」も弁護士を通すとかなりの確率で取り返せるようです。

 

なんとなく「借金の過払い請求」の次に流行りそうな気配もあります。

 

もともとは、雇い主側がちゃんとしてればいいだけの話なので、こういうことはガンガンやってほしいですね。

 

で、このサイトの別のページにある「ブラック企業エピソード」がまたすごいものがあります。

 

ブラック企業エピソード募集 | ランキング | 残業証拠レコーダー

 

どれもこれも「本当にひどい」ですね。

個人的には、自分の経験が「フラッシュバック」してしまうので、この手の話はホントに「少しだけ」しか読みません。

今回、このはてなブログの記事を書くにあたり、ブラック企業の記事を「少しだけ」読んでみて改めて気づいたことがありました。

 

それは、ブラック企業のほうがいろいろ悪いのは当然としても、そういう会社に吸い込まれるように入社してしまう人がいるのもまた事実であること。

 

そして、ブラック企業勤務を1度経験すると

「自分の中に『間違った』自信のようなものが芽生える」

「自分の中の最低基準がどんどん下がる」

ということ。

 

これが、さらなる悲劇を呼んでいるような気がします。

 

どういうことなのか?

自分の経験をもとに時系列で説明していきます。

 


 

自分はまず高校卒業の半年後に、6ヶ月間の期間契約の仕事に就きます。

住まいはこの職場の寮でした。

 

給料、休日ほか労働基準法的には問題なかったです。

 

勤務場所が「成田空港内」でしたので、

 

「中学校の辞書一つで英語を話せるようになった人がいる」

(職場は外人旅行客だらけなので、会話の機会が多いため)

とか

 

「CAはさすがに無理だけと、航空会社の地上勤務女子社員と仲良くなれる」

(実際に付き合っている人はいた)

とか

 

いい話(?)も時々聞こえてきた職場でした。

仕事的には、特に問題はなかったはずです。

 

ただし、直接の業務内容以外のところで大問題がありました。

「人間関係」です。

 

もっというと

「変なやつに公私共に絡まれ続けた」

のです。

 

このとき寮の隣の部屋に住んでいた「元ヤンキー」がとってもめんどくさい人でした。

 

「自分が休日に予定を入れてると『ガチギレ』する」

「自分の予定無視で休日に連れ回される」

「『金貸せ』とちょいちょい言ってくる」

潔癖症らしく何かとめんどくさい」

 

と、こんな感じです。

 

しまいには自分の部屋に勝手に上がって、(2人1部屋なので、相方がいると鍵をかけないため)自分の貯金通帳を見つけ出して眺めていたのを見たときは

(さすがに逃げよう・・・)

と思いまして、6ヶ月間の契約終了を待たずにこの会社をやめました。

 

 

プライバシーへの踏み込み方が、そのときの19年間の人生で初めて遭遇したパターンでした。

 

というわけで

 

この職場でのトラウマ:

・会社にはいい人ばかりいるわけではない ← NEW

・変な人に絡まれるよりは、むしろ無視されるくらいがいい ← NEW

 

 


 

 

その後、一度田舎に帰り、2ヶ月後に東京に出ました。

特に職種の希望はなかったのですが、その時、某劇団員のオーディションを受ける予定だったために、とりあえず「(深)夜勤」「なるべく高給」「休日を取りやすいところ」という条件を考えた結果、某警備会社にバイトで入りました、

工事現場で赤い旗とか、棒とか振ってるあの仕事です。

 

仕事に入りたての頃は、いろいろ怒られたりもしましたが、1ヶ月もするとだいぶ慣れてきました。

ここの会社のシステムとして、ひとりひとりの仕事が確保されているわけではなく、日勤だと前日に、夜勤だと当日昼までに、「勤務が可能」という連絡をくれた人に派遣先の現場を伝える、ということになっておりました。

(天候に左右されたりするので)

 

自分は、とりあえずは「勤務が可能」と伝えておけば、ほぼ現場に行くことができましたので、給料も割と安定していました。

 

後に内勤をやるようになってわかったのですが、「評判の悪い人」は現場監督から「(個人の名前)だけは絶対によこすな」という逆指名があったりしまして、仕事につけない人も実際に数名います。

 

ということは、自分はいちおう「評判の悪い人」ではなかったんだろうなあ~と思いました。

 

そして、この会社で働いて3ヶ月したころに、次の勤務の希望を聞きましたら、「とりあえず次は会社に来てくれ」となりました。

(なにかやらかしたかも?)

と、おそるおそる会社に行きましたら、その日は書類の処理の手伝いとか、簡単な電話番とかをさせられました。

勤務時間が終わる頃、次の勤務を聞きましたら

「明日も会社に来てくれ」

とのことでした。

 

次の日も同じように書類の処理と電話番をしまして勤務時間が終了。

 

そしてまた次の勤務場所を聞いたとき、

「明日は休んでいいから、その次も会社に来てくれ」

とのこと。

 

自分は外の勤務から、内勤にされていたのでした。

 

内勤になってからは、「仕事としての厳しさ」はありましたが、前回の職場のような「プライバシーへの踏み込み方が変な人」ということもなく、人間関係も割と良好でした。

 

そして、いま振り返ると自分の心の中にしっかりと残っている出来事がおこります。

 

ある日、部長から

「やぐら、今日から書類が完成するまで帰れないからな」

と言われました。

 

(終われば帰れるんでしょ)

と、思ったのですが・・・

 

その書類の量が膨大なのです。

電話番とかをしなくていいと言われて、その書類をひたすら書き続けて、解放されたのが5日後でした。

 

自分一人ではなくのべ20人位でやっていたはずです。

それにしても量があまりに多すぎる。

 

部長の監視のもと、それこそ24時間ぶっ続けで書き続けました。

部長はなんだかんだで時々消えていましたけれど、こちらは消えようがないです。

自分の記憶では、5日間で2時間しか寝なかったと思います。

 

ただ、人間としておかしな気がするので、ところどころ寝落ちしていたと思われます。

 

そして、書類が完成したところで事務所のベッドで16時間ほど寝て、起きたとき何日の何時かもよくわからないまま、「あ、電車がある」ということで自分のアパートに帰宅。

そこから18時間寝まして、起きたときようやく眠気がとれて食事をしたのですが、4時間ほどでまた眠くなり、8時間ほど睡眠。

次に起きたときにようやく眠気もなくなりました。

(体はすぐに動かなかった)

 

会社に連絡すると

「もう1日休んでいい。その次の日に出勤してくれ」

ということでした。

 

このときの給料は、連続勤務にするといろいろあるので、実際の勤務時間と支給額に合うように、書類上の勤務時間や出勤日を調整したので、いわゆる「未払い賃金」はなかったです。

労働基準法的には、違法でしょうね・・・)

 

 


 

この会社は、基本的にはいい人が多かったのですが、さすがに全員ということはないので、仕事のやり方で対立する人も「ぼちぼち」いました。

 

自分の仕事に対する評価があまりにひどい人と、仕事の進め方で大喧嘩してその会社はやめることとなりました。

約30年前の話で当時はバブル絶頂期です。

とにかく人が足りなくて、現場に必要な人員が20名足りない

という状態がザラで、欠員が埋まらずに現場の監督からのクレーム処理もなかなか大変だった、という思い出があります。

 

そのとき自分は、現場に人員を配置する仕事をしておりました。

現場に行く人間は取り合いになるので、現場の仕事を取ってきているある営業の人から

「自分の現場は絶対欠員を出すな」

と、かなりうるさく言われていました。

 

で、ちょっと気になったので、いろいろ統計を取ってみると

営業担当と必要な人数、配置の具合が

 

営業課長A 必要人員20名、欠員10名

営業係長B 必要人員40名、欠員0名

営業社員C 必要人員10名、欠員2名

 

こんな感じで、なんか偏ってる感じがしたのです。

 

営業課長Aさんが欠員のクレームでひたすら謝っているのは知ってましたし、そのことで特に自分に文句を言う人ではありませんでした。

 

営業社員のCくんも、勤続年数もまだ短くて、なにか言いたそうでしたが、「そういう立場でもないので」という感じでした。

 

で、営業係長のBさん。

営業成績はいいので、なにかと強気なことを言う人でした。

 

人員の配置にも細かく注文をつけてきます。

自分も最初は従っていましたが、だんだん「なんか違う気がする」と思うようになり、完全に自分の考えで人員の配置をしていたら、ある日営業係長がブチ切れてきました。

 

係長B「おめえ、人つけろって言ってるだろう」

やぐら「いないもんはしょうがないでしょ」

 

 こちらは人員をどうにかするために、大学生を口説いて学校を休ませてまで、配置につけたりとかいろいろやっているのです。

 

や「なぜ、A課長の現場はあんなに人をつけないわけ?」

B「黙っておれの現場に人つけてればそれでいいんだよ」

や「クレームの電話とるの俺なんだけど」

B「なんだこのやろう」

 

不穏な空気を感じて、支社長が「わかったからあとは俺に言ってこい」と止めに入ってその場は収まりました。

 

その後、営業のCくんが

「みんな思ってたけど、実際にああいうことを口に出す人は初めて見た」

と言われたのが印象的でした。

 

その1件があってから、どうも内勤の仕事もめんどくさくなり、お金も少々もっていたのて、仕事を休んで遊んでいました。

 

正確にはきっちり退職の手続きをした記憶がないまま、この会社にはその後行くことはなかったわけです。

 

この会社で得たこと

・120時間(24時間×5日間)連続勤務を経験した ← NEW

(おそらく途中でトータル何時間か寝落ちしてるはずですが)

・自分が仕事的に正しいことをしたとしても、自分が評価されるとは限らない ← NEW

 

 


 

最初の方で書きましたが

 

「自分の中に『間違った』自信のようなものが芽生える」

「自分の中の最低基準がどんどん下がる」

 

というのは、

 

「自分の中に『間違った』自信のようなものが芽生える」

→ 120時間(24時間×5日間)連続勤務を経験した

 

このくらいやれた、という意味。

 

「自分の中の最低基準がどんどん下がる」

→ 比較対象の基準みたいなこと

 

この先「あの時のあの職場に比べればまだまし」

というのがたびたび登場します。

 

この時点までの仕事、会社選びに関する考え方や、自分の中に蓄積されているものは

 

・会社にはいい人ばかりいるわけではない 

・変な人に絡まれるよりは、むしろ無視されるくらいがいい 

 

・120時間(24時間×5日間)連続勤務を経験した 

・仕事的に正しいことをしたとしても、自分が評価されるとは限らない 

 

 

となります。 

 

このことをふまえつつ、次は「コンビニ」で働くことになります。

 

つづく。